☆私にふりそそぐもの 4話
年が明けて 今日は一月の四日。
ピンポ〜ン
「ん〜……誰よ〜せっかくの休みに……ネム」
私はヨロヨロと布団から出ると、パジャマにシャツを羽織り、玄関に向かった。
「どちら様ですかぁ」
「早川です、五階の。おはようございます」
早川さん!?
私は慌ててドアを開けた。
私の格好をみた早川さんは、申し訳無さそうな表情になってしまった。
「いま起きたところなんで、こんな格好で、すみません」
「お休みのところ、僕が起こしたんですね。こちらこ申し訳ない」
「そんなこと。今何時ですか?」
「もうすぐ夕方の4時になります」
「えーー!!」
とたんに全身のチカラが抜けた。
せっかくの休みの日。もう夕方なんて……
「咲希さん、実はお願いがあるんです」
「はい?」
「咲希さんは温泉は好きですか?」
「温泉、好きですが。どうしたんですか?突然」
「僕と温泉旅行に行ってもらえないでしょうか!」
「えぇ!私がですか?随分と急な」
早川さんは手に大きめ目の白い封筒を持っていた。
「実は、会社の忘年会でビンゴ大会をやった時に、一等を当ててしまいました」
「それは、おめでとうございます」
「めでたいのか、なんなのか。これが賞品なんです」
早川さんは、そう云うと封筒の中からパンフレットらしきものを取り出して私に差し出した。
「ふるさと納税の旅行券なんだそうです」
「へえ、あら?ここって有名な」
「そうなんです。僕は行ったこと無いんですが……」
私は、しみじみとパンフレットを眺めた。
「湯畑。ここは迫力がありましたよ。夜はライトアップをするから幻想的な感じですし」
私は顔を上げて早川さんを見ると、云った。
「草津温泉、大好きです!」
「草津温泉、咲希さん行ったことがあるんですね」
「はい父と母と三人で。母はもう入院してましたが、何とか医者の許可も出たので、家族で草津に。最初で最後の家族旅行になりました」
「そうでしたか……。ご家族で行った場所は、咲希さんにとって、やはり複雑な心境でしょうね」
早川さんは、俯いた。
「とっても楽しかったんです。たぶん私だけじゃなく、母も父もそうだったと思います」
「だから機会があれば、また行こうって思ってました」
「それならこれがその“機会”だと思っては頂けないでしょうか。二人分あるんです。友人を誘ってみましたが、正月で色々あるらしく、断れてばかりで」
「早川さんの休み中に行きたいですよね。
いつを予定してるんですか?」
「云いに悔いのですが……明日なんです」
「え、あし……た、ですか」
「はい。急すぎて申し訳ないです。咲希さんの都合もあると思いますので断っても結構ですから」
「行きます、行きます。嬉しい!」
「ホントに!?僕も嬉しいのですが、1番の難関がありまして……。部屋が一部屋なんです。抵抗感、ありますよね?」
「そんなこと平気ですよ。早川さんも気にせずに」
「は、はい。何だか複雑な心境ではありますが。とにかく良かった。助かりました。
上野駅からの特急に乗ります。昼の12時10分発だったかな。迎えに来ますね」
翌日の9時に早川さんが迎えに来てくれた。
「せっかくの上野駅ですから、食べたい駅弁を、じっくり探そうと思って」
「駅弁、何年ぶりになるか。上野駅なら、かなりの数が有りそうですね!」
「では行きましょう」
「はい。宜しくお願いします」
街にはまだ、お正月の雰囲気が残っている。
玄関飾りや、あっ!
「早川さん、遅くなりました。明けましておめでとうございます」
「そういえば!明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします、咲希さん」
「そういえばXmasの時も早川さんと一緒にいましたね」
「そうか!そうですね。今はこうして正月を咲希さんと過ごせてる。ラッキーだな」
「私こそ、ただで温泉に行けるなんて!
幸運です」
「そう云ってもらえると、ビンゴで当たって良かったと思えます。ありがとう」
「穏やかないいお正月ですね〜」
こんな風に早川さんと話しながら、電車に乗って上野駅に到着した。
やっぱり巨大な駅は人間の数が桁違いだし、活気が凄い!
これから観光地に行くんだという、そんなワクワク感を味わえる。
「さて、駅弁を買いに行きましょう咲希さん」
私は迷子にならないように早川さんの後を追いかけた。
そして目の前に広がるのは【駅弁の海】。
この中から選ぶのは難しいぞ!
失敗は許されない!
「咲希さん気合いが入ってますね」
そう、確かに私には気合いが入っている。
食べることが大好きだからだ。
「どれも美味そうだなぁ。え〜と」
「早川さん、わたし買いました」
「えっもう?早いな。何だか焦って来た。
あ、この駅弁はキレイだな。2段になってて。飯がおこわなのか、へえ〜」
「よし!これに決めた」
「良かったですね。そろそろホームに向かいましょうか」
「ええ。因みに咲希さんは、どんな駅弁にしたんですか」
「これです」
私は袋から自分の駅弁を取り出した。
「すごいボリュームのにしたんですね!
大きなハンバーグに、ご飯にステーキが混ざってるのかな。肉づくしだな」
「よく食べるんですよ、わたし。でね、これも……」
そう、早川さんが選んでいる間に、もう一つ買ったのがある。
「焼き鯖寿司!えー!これみんな食べられるの?」
「はい、たぶん。ささ行きましょう」
特急草津号
初めて乗った。
家族で旅行に行った時は父の車だったから。
途中にあったダムの予定地は、どうなったのだろう。
反対派の人達が、かなりいると訊いていたけど。 途中まで工事が進んでいたっけ。
それから小さな〔道の駅〕
看板を見なければ分からないくらい小さかった。
けれど、ここで食べた天麩羅蕎麦は、本当に美味しかったなぁ。
キノコ類が、あまり得意ではない私が、大袈裟ではなく、初めて舞茸の天ぷらの美味しさに驚いた場所だ。
いつもスーパーで買ってる舞茸と、何が違うんだろう。
絶対にまた食べるんだ。
車窓から見る山並みが美しい。
都会から、どんどん遠ざかっていることを
リアルに感じられる。
隣りでは、早川さんがスヤスヤ寝ている。
駅弁と小さな缶ビールを飲んだら、直ぐに眠りに落ちた。
(旅行に声をかけてくださって、ありがとうございます)
乗り心地にいい特急に乗って2時間半。
終点の“長野原草津口駅”に到着。
「やっぱりこっちは気温が低いですね」
「気持ちがいいです」
「咲希さんを一人にさせて自分だけ爆睡してすみませんでした」
「大丈夫です。一人でも心地よく過ごしてましたよ。車内販売のアイスも、とっても美味しかったですし」
「えっアイス」
「ええ、パンケーキもありましたが駅弁でお腹いっぱいだったのでアイスだけ食べたんです」
「アイス、僕の大好きなアイス。寝てたから食べ損ねた」
「また機会はありますから。バスが来ましたよ。あれで草津まで行くんですよね?」
「はい。30分かからないと思います」
そして、ようやく目的地に到着した。
硫黄に匂いが、微かにする。
「流石、草津温泉だな。観光客がすごいや」
「あ、このお土産屋さん、以前に入ったお店だ」
「入ってみましょうか。懐かしいでしょう」
私は頷くと店内に入った。
「なんだか、垢抜けた感じになってる」
「南さんの娘さんかい?」
お店の人に声をかけられた。
「そうですけど」
「やっぱりそうか。お母さん、残念だったね。娘さんはお母さんに似たんだな。美人なお母さんだったが娘さんも美人さんだ」
年間、かなりの数の観光客が訪れているのに、何故私の家族のことを、この人は覚えているのだろう。
「お父さんが寄ってくれたよ。12月の始めの頃だったか」
父が、ここへ来た……。
早川さんが、私を見た。
「あの、彼女のお父さんは一人でしたか?」
「あゝ、一人だ。でも家族の写真は大事そうにポケットに入れてたよ。それを見てワシも思い出したんだ。血色も良くて、元気そうだったな」
「咲希さん……」
早川さんは心配そうだったけれど、
「そうですか。元気そうでしたか」
私は安堵していた。
了
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