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    隙 間


「キミは、さっきからずっと、ここから出たいと言い続けてる」

「当然だろ。こんな暗闇の中に、居続けたいヤツなんて、いるかよ!」


何時間、何日、何ヶ月、俺は此処にいるのかも覚えちゃいない。

忘れたのとは違う。

時間なんて存在しないからだ。

そんなもの此処には無い。

違うというのなら俺が狂ってることになる。
だが残念ながら、そうじゃない。


お前はクスクス笑った。

「おっと、笑ってすまん。ただ確かに残念だろうなと想像したら、ついね」


「笑えばいい。確かに笑うところだよ」


墨色の闇にいると、目が慣れるのも時間がかかる。

お前はいったい誰なんだ。

ゆらゆらとして、煙草の白く
薄紫の煙のようなお前は。


俺が自分は狂っていないらしい。
そう思うのは意識があるからだ。

感情もある。
無駄に多くある。要らないほどある。
半分捨てられたらと叶わぬことを願う。


「キミは、勿体無いことをしているんだぜ」

ゆらゆら煙が何か言ったようだ。
俺は無視をする。


勿体無いだと?
馬鹿かお前は。

俺は発狂したいんだと言ってるだろう?

失せろ。
お前は俺を、イライラさせて、
喜んでいる。

お見通しなんだよ。


「いなくなってもいいのか?」

「俺の考えていることが分かるなんて、気味が悪いな」

煙は暫く沈黙した。


ますます闇が深くなる。
もう、上下左右も分からなくなった。


あー!なんで、こんな目に遭わなきゃいけない?

きっと地獄の方がマシだろう。

俺は確かに善人とは言えないかもしれない。
だが悪人というほど酷くは無いぞ。


少しの隙間でもあれば。

針の穴くらいでもいい。

人、ひとりが通れるくらいに、
こじ開けてやるのに。


「キミが煙と呼ぶ(もの)が、
いなくなったら隙間は見つからない」

「見つからないだと」

「そうだ。永遠に」


「お前が失せたら俺は永遠に暗闇の中だと、そう言いたいのか」

煙はゆっくり頷き、そして続けた。

「仕組みが、そうなっている。
引き継ぎが必要だ」



思わず、ため息と共に天を仰ぐ。

狂いたいと思ったのは俺なんだよ。煙じゃなく。
煙が狂っても、何のメリットもない。

それどころか余計に鬱陶しくなるだけだろう。


「闇もなかなか悪くない。そう言うんだ」

煙は、いよいよ本当にイッたようだ。


あれ?
俺、腹が減ってる?

この感覚。
長いこと無かったのに。


煙は叫んだ。
「引き継ぎのチャンスが来た。さっき言ったことを言うんだ」


さっき言ったことって。


「全く!キミは。言っただろう?『闇も』」


「あれか。ヤダよ思ってもないこと言うのは」


「感情は、伴わなくていい。
早く!質問は受け付けない。
とにかく口にしろ」


何なんだ煙のヤツ。テンパって。

仕方ない。
一回だけなら、言ってやる。

あとで覚えとけよ。


「闇もなかなか悪くない。これで満足か」



ザザーン  サアアア〜


背中が冷たい。

俺は、目を開けようとした。
が。

「痛っ!」

何かが、目に突き刺さる。
それに明るい。

俺は今どこにいるんだ。


暗くないのは分かるが。

だが得体の知れない所で目を開けるのは怖い。

寒い。
体がどんどん冷えていく。


もういい、分かった。
闇の次はどこなのかな!

少しだけ瞼を上げてみる。

やっぱり痛い。光が突き刺さる。
けれど、このままでいるわけにはいかない。


一気に目を開けるのは、危ない気がした。とにかく時間をかけて、慌てずゆっくり。


海だった。


俺は砂浜に横たわっていた。
顔の横に自分の靴が、片方あった。


   (良かったな)


煙の声が聞こえた。

「あゝ、やっとお前とも離れられる」


  (それは無理だよ)


相変わらず、ゆらゆらしている白と薄紫の煙。
姿を見せると、とんでもないことをぬかす。


「なんだって。どうしてだよ!」


(幸不幸のようなものだから)




闇は煙だったのか。


(そうさ。だから勿体無いと言ったろ。荒ぶれずに闇を見据えるんだ。
そうすれば、引き継げる。
キミが行きたい世界へ)


俺は運の悪い人間だと思って生きて来た。
明るい世界に行きたい!
心の底からそう願ってきた。


(それと、流行りのネガティブとポジティブも同じだ。良いも悪いも無い。考えるな、感じろ。じゃあまたな)


「何が“またな”だよ。2度とお前みたいな闇と一緒なんてゴメンだからな」


(だから無理だと言ったはずだ)


「ふん。嫌なものは嫌だ」


(何故、無理なのかを知りたくない?)


俺はチラリと煙に目をやった。



(闇は誰の人生にも存在してるからさ)


人生。


(安心しなよ。幸福と不幸は引き継ぎ合う。ただし人生は、
不公平だ。そう見えるだろう。それが違うことが、分かる時期ときは訪れる)


煙の言葉は、海風と共に沖へと流れ飛んで行った。



「次は少しでも長く、幸せを感じさせてくれ。頼む」
そう言って、俺は何故か水平線に手を合わせた。

足に何かが当たる。
見ると、もう片方の靴が流れ着いていた。



      了











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