隙 間 36 紗希 2024年11月24日 08:26 「キミは、さっきからずっと、ここから出たいと言い続けてる」「当然だろ。こんな暗闇の中に、居続けたいヤツなんて、いるかよ!」何時間、何日、何ヶ月、俺は此処にいるのかも覚えちゃいない。忘れたのとは違う。時間なんて存在しないからだ。そんなもの此処には無い。違うというのなら俺が狂ってることになる。だが残念ながら、そうじゃない。お前はクスクス笑った。「おっと、笑ってすまん。ただ確かに残念だろうなと想像したら、ついね」「笑えばいい。確かに笑うところだよ」墨色の闇にいると、目が慣れるのも時間がかかる。お前はいったい誰なんだ。ゆらゆらとして、煙草の白く薄紫の煙のようなお前は。俺が自分は狂っていないらしい。そう思うのは意識があるからだ。感情もある。無駄に多くある。要らないほどある。半分捨てられたらと叶わぬことを願う。「キミは、勿体無いことをしているんだぜ」ゆらゆら煙が何か言ったようだ。俺は無視をする。勿体無いだと?馬鹿かお前は。俺は発狂したいんだと言ってるだろう?失せろ。お前は俺を、イライラさせて、喜んでいる。お見通しなんだよ。「いなくなってもいいのか?」「俺の考えていることが分かるなんて、気味が悪いな」煙は暫く沈黙した。ますます闇が深くなる。もう、上下左右も分からなくなった。あー!なんで、こんな目に遭わなきゃいけない?きっと地獄の方がマシだろう。俺は確かに善人とは言えないかもしれない。だが悪人というほど酷くは無いぞ。少しの隙間でもあれば。針の穴くらいでもいい。人、ひとりが通れるくらいに、こじ開けてやるのに。「キミが煙と呼ぶ(もの)が、いなくなったら隙間は見つからない」「見つからないだと」「そうだ。永遠に」「お前が失せたら俺は永遠に暗闇の中だと、そう言いたいのか」煙はゆっくり頷き、そして続けた。「仕組みが、そうなっている。引き継ぎが必要だ」思わず、ため息と共に天を仰ぐ。狂いたいと思ったのは俺なんだよ。煙じゃなく。煙が狂っても、何のメリットもない。それどころか余計に鬱陶しくなるだけだろう。「闇もなかなか悪くない。そう言うんだ」煙は、いよいよ本当にイッたようだ。あれ?俺、腹が減ってる?この感覚。長いこと無かったのに。煙は叫んだ。「引き継ぎのチャンスが来た。さっき言ったことを言うんだ」さっき言ったことって。「全く!キミは。言っただろう?『闇も』」「あれか。ヤダよ思ってもないこと言うのは」「感情は、伴わなくていい。早く!質問は受け付けない。とにかく口にしろ」何なんだ煙のヤツ。テンパって。仕方ない。一回だけなら、言ってやる。あとで覚えとけよ。「闇もなかなか悪くない。これで満足か」ザザーン サアアア〜背中が冷たい。俺は、目を開けようとした。が。「痛っ!」何かが、目に突き刺さる。それに明るい。俺は今どこにいるんだ。暗くないのは分かるが。だが得体の知れない所で目を開けるのは怖い。寒い。体がどんどん冷えていく。もういい、分かった。闇の次はどこなのかな!少しだけ瞼を上げてみる。やっぱり痛い。光が突き刺さる。けれど、このままでいるわけにはいかない。一気に目を開けるのは、危ない気がした。とにかく時間をかけて、慌てずゆっくり。海だった。俺は砂浜に横たわっていた。顔の横に自分の靴が、片方あった。 (良かったな)煙の声が聞こえた。「あゝ、やっとお前とも離れられる」 (それは無理だよ)相変わらず、ゆらゆらしている白と薄紫の煙。姿を見せると、とんでもないことをぬかす。「なんだって。どうしてだよ!」(幸不幸のようなものだから)闇は煙だったのか。(そうさ。だから勿体無いと言ったろ。荒ぶれずに闇を見据えるんだ。そうすれば、引き継げる。キミが行きたい世界へ)俺は運の悪い人間だと思って生きて来た。明るい世界に行きたい!心の底からそう願ってきた。(それと、流行りのネガティブとポジティブも同じだ。良いも悪いも無い。考えるな、感じろ。じゃあまたな)「何が“またな”だよ。2度とお前みたいな闇と一緒なんてゴメンだからな」(だから無理だと言ったはずだ)「ふん。嫌なものは嫌だ」(何故、無理なのかを知りたくない?)俺はチラリと煙に目をやった。(闇は誰の人生にも存在してるからさ)人生。(安心しなよ。幸福と不幸は引き継ぎ合う。ただし人生は、不公平だ。そう見えるだろう。それが違うことが、分かる時期ときは訪れる)煙の言葉は、海風と共に沖へと流れ飛んで行った。「次は少しでも長く、幸せを感じさせてくれ。頼む」そう言って、俺は何故か水平線に手を合わせた。足に何かが当たる。見ると、もう片方の靴が流れ着いていた。 了 ダウンロード copy いいなと思ったら応援しよう! チップで応援する この記事が参加している募集 #眠れない夜に 77,466件 #ショートショート #眠れない夜に #久しぶり #ありがとうございました #海にいきたい 36