Photo by mitasann 霧 18 紗希 2022年2月14日 15:34 目覚まし時計を止めた俺は、窓を開けて驚いた。「朝……だよな」確認の為、時計を見た。いつも通りに、AM6:00だ。「太陽が月に見えるくらい、濃い霧の朝だな」マンションの前の路を走る車も皆、ヘッドライトを付けている。それにしても、今朝は車の数が少ない。ん?ひょっとして。もう一度デジタル時計を見る。時刻の横には、くっきりと、《日曜》の文字。「なんだよ〜今日は仕事に行かなくてもいい日じゃないか。何でアラームをセットしちゃったかな、バカやっちまった」ため息を吐きながら、電子煙草を咥える。「せっかく好きなだけ寝てられたのに。損した気分になるな」そして相変わらず電子煙草は味気ない。「しかし、こう、どこもかしこも煙草を吸う場所が無いんじゃ、これしか選択肢がないんだよな」煙草自体を止めたヤツもいるが、俺には必需品だ。こうもストレスの多い毎日を乗り切って行くには、かかせない物だからだ。「だいたい酒が原因で人を殺した事件は訊くが、煙草が原因で、何て訊かないじゃないか。厳しくするなら酒が先だろ」上司は仕事の出来ない無能なくせに、高い給料取りやがって、ああいうのが給料ドロボーの典型なんだよ。新人は新人で、何処ぞの有名大学卒の、勉強は出来ても仕事の方は、いつまで経っても使えない奴等はがりが、入社して来る。「やってらんね〜!」せっかくの休みだっていうのに、朝から気持ちがクサクサして来た。俺は気分を変えようと、外へ出ることにした。エレベーターで一階に着く。ドアが開いた目の前には、まるで火災の後の煙が燻っているかのような光景が、ガラス張りのロビーの外に広がっている。「何なんだこの霧は。尋常じゃない」表に出ると、その異常さが肌から伝わって来る。1メートル先も、ろくに見えない。「気味が悪いな。ただ滅多に無い風景だ、写真に残しておくとするか」スマホで何枚か写真を撮り、ついでに動画にも保存しておくことにした。その時、真っ白な路の中から、ボンヤリと曇った、車のライトが向かって来た。それは一台のタクシーで、何故か俺の前に停まった。ゆっくり、ドアが開く。前を向いたままの、タクシードライバーが「お待たせしました。足元にお気をつけてお乗りください」抑揚の無い声でそう云った。「俺はタクシーを呼んだ覚えはないが」「ある方から、お客様をお迎えするようにとの連絡を頂いております」「誰だよ、ある方って」「お乗りください」その言葉からは、逆らうことの出来ない凄みのようなものを感じた。乗る気など無いのに、俺の体は引っ張られるかのように後部座席に滑り込んでいた。ドアが閉まり、タクシーが走り始めた。「いったいどこに連れてくつもりなんだ」ドライバーは無言だ。その時、俺はサイドミラーを見てギョッとした。振り返ると、そこには霧の中で、手を振る人間が立っていた。よ〜く目を凝らしてその人物を見ると、タクシーに手を振っているそれは、紛れもく、“俺”だ!いったいどういう……。額から冷や汗が伝ってきた。その時タクシードライバーが、その抑揚の無い言い方で、俺に云ったのだ。「お客様は、今回で5回目になりますね」こいつ、何を云ってるんだ。「また、お嫌になったのですね、会社が」ゾッした俺は大声を上げた!「停めろ!今すぐ車を停めろ、早く!」タクシーは急停車した。「なにしてるんだ、ドアを開けろよ!俺は降りる」「……」「早くしろって!」ゆっくりと、ドアが開いた。俺は転がるように車の外に出た。「また、次回お迎えに上がります。ありがとうございました」ドライバーは、それだけ云うと、タクシーは霧の中に飲み込まれて行った。俺は全身、汗だくになっていた。寒くも無いのに震えが止まらない。ハァハァと呼吸を乱しながら、やっとマンションに辿り着いた。笑いながら手を振っていた“俺”は、どこも居なくなっていた。「5回目って、云ってたよな。タクシーの…お嫌にって、会社……!」俺が転職した回数のことか?2浪して、やっと入った大学だったが、麻雀に夢中になり、講義なんかシカトしていた。当然、単位など取れるはずもなく、そのうち通うのも面倒になって中退。親に怒鳴られ仕方なく就職したけど、つまんないし。それから今日までの、俺が仕事を退職した回数だ。6年半の内に5回、転職をしているんだよな、俺。「だって、行く会社行く会社、馬鹿ばっかりでイライラすんだよ。仕方ないだろ?」 ウッ!霧の中から、俺に向かって掌だけが、左右に動いているのが見えた。小さな笑い声が、聴こえた、気が、した。俺の代わりは、幾らでもいるってことか?いったい何人の俺が存在するんだ。どれが本物の【俺】なんだよ!今の自分は?本当の俺か?偽者の自分って、そもそも存在するのかよ。何の罰ゲームなんだ、俺ばっかり。世の中、親のコネでいいとこの会社に入る奴等だって、腐るほどいるじゃないか。何の努力も無しに、なに一つ不自由なく出世していくヤツ。じゃあ、そいつらにも罰ゲームはあんのかよ!不平等だし、理不尽じゃないのか?誰だよ、俺を迎えにタクシーを呼んだのは。俺を何処に連れてくつもりだったんだ?なぁ! おかしいだろ! 俺ばっかさ!少しずつ、霧が晴れて、空が姿を見せ始めた。その雲間から覗いている月の姿をした太陽は、まるで大きな【目】で、俺を見ているようだった。 〔また次回、お迎えに上がります} 了 ダウンロード copy いいなと思ったら応援しよう! チップで応援する この記事が参加している募集 #眠れない夜に 77,466件 #眠れない夜に #今私にできること #オリジナル短編小説 #タクシードライバー #理不尽な社会 #自分はたくさんいる #不平不満はほどほどに #少し怖いこと #タクシーを呼んだのは誰 18