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目覚まし時計を止めた俺は、窓を開けて驚いた。

「朝……だよな」

確認の為、時計を見た。

いつも通りに、AM6:00だ。

「太陽が月に見えるくらい、濃い霧の朝だな」

マンションの前の路を走る車も皆、ヘッドライトを付けている。


それにしても、今朝は車の数が少ない。

ん?ひょっとして。

もう一度デジタル時計を見る。

時刻の横には、くっきりと、《日曜》の文字。

「なんだよ〜今日は仕事に行かなくてもいい日じゃないか。何でアラームをセットしちゃったかな、バカやっちまった」


ため息を吐きながら、電子煙草を咥える。

「せっかく好きなだけ寝てられたのに。損した気分になるな」

そして相変わらず電子煙草は味気ない。

「しかし、こう、どこもかしこも煙草を吸う場所が無いんじゃ、これしか選択肢がないんだよな」

煙草自体を止めたヤツもいるが、俺には必需品だ。

こうもストレスの多い毎日を乗り切って行くには、かかせない物だからだ。


「だいたい酒が原因で人を殺した事件は訊くが、煙草が原因で、何て訊かないじゃないか。厳しくするなら酒が先だろ」

上司は仕事の出来ない無能なくせに、高い給料取りやがって、ああいうのが給料ドロボーの典型なんだよ。


新人は新人で、何処ぞの有名大学卒の、勉強は出来ても仕事の方は、いつまで経っても使えない奴等はがりが、入社して来る。


「やってらんね〜!」


せっかくの休みだっていうのに、朝から気持ちがクサクサして来た。

俺は気分を変えようと、外へ出ることにした。

エレベーターで一階に着く。


ドアが開いた目の前には、まるで火災の後の煙が燻っているかのような光景が、ガラス張りのロビーの外に広がっている。

「何なんだこの霧は。尋常じゃない」


表に出ると、その異常さが肌から伝わって来る。

1メートル先も、ろくに見えない。

「気味が悪いな。ただ滅多に無い風景だ、写真に残しておくとするか」

スマホで何枚か写真を撮り、ついでに動画にも保存しておくことにした。


その時、真っ白な路の中から、ボンヤリと曇った、車のライトが向かって来た。

それは一台のタクシーで、何故か俺の前に停まった。

ゆっくり、ドアが開く。

前を向いたままの、タクシードライバーが

「お待たせしました。足元にお気をつけてお乗りください」

抑揚の無い声でそう云った。


「俺はタクシーを呼んだ覚えはないが」

「ある方から、お客様をお迎えするようにとの連絡を頂いております」

「誰だよ、ある方って」


「お乗りください」

その言葉からは、逆らうことの出来ない凄みのようなものを感じた。

乗る気など無いのに、俺の体は引っ張られるかのように後部座席に滑り込んでいた。

ドアが閉まり、タクシーが走り始めた。


「いったいどこに連れてくつもりなんだ」

ドライバーは無言だ。

その時、俺はサイドミラーを見てギョッとした。

振り返ると、そこには霧の中で、手を振る人間が立っていた。


よ〜く目を凝らしてその人物を見ると、タクシーに手を振っているそれは、紛れもく、“俺”だ!

いったいどういう……。

額から冷や汗が伝ってきた。

その時タクシードライバーが、その抑揚の無い言い方で、俺に云ったのだ。

「お客様は、今回で5回目になりますね」


こいつ、何を云ってるんだ。

「また、お嫌になったのですね、会社が」

ゾッした俺は大声を上げた!

「停めろ!今すぐ車を停めろ、早く!」

タクシーは急停車した。


「なにしてるんだ、ドアを開けろよ!俺は降りる」

「……」

「早くしろって!」

ゆっくりと、ドアが開いた。

俺は転がるように車の外に出た。


「また、次回お迎えに上がります。ありがとうございました」

ドライバーは、それだけ云うと、タクシーは霧の中に飲み込まれて行った。


俺は全身、汗だくになっていた。

寒くも無いのに震えが止まらない。

ハァハァと呼吸を乱しながら、やっとマンションに辿り着いた。


笑いながら手を振っていた“俺”は、どこも居なくなっていた。


「5回目って、云ってたよな。タクシーの…お嫌にって、会社……!」

俺が転職した回数のことか?

2浪して、やっと入った大学だったが、麻雀に夢中になり、講義なんかシカトしていた。

当然、単位など取れるはずもなく、そのうち通うのも面倒になって中退。


親に怒鳴られ仕方なく就職したけど、つまんないし。

それから今日までの、俺が仕事を退職した回数だ。

6年半の内に5回、転職をしているんだよな、俺。


「だって、行く会社行く会社、馬鹿ばっかりでイライラすんだよ。仕方ないだろ?」

   

      ウッ!


霧の中から、俺に向かって掌だけが、左右に動いているのが見えた。

小さな笑い声が、聴こえた、気が、した。


俺の代わりは、幾らでもいるってことか?

いったい何人の俺が存在するんだ。

どれが本物の【俺】なんだよ!

今の自分は?

本当の俺か?

偽者の自分って、そもそも存在するのかよ。

何の罰ゲームなんだ、俺ばっかり。


世の中、親のコネでいいとこの会社に入る奴等だって、腐るほどいるじゃないか。

何の努力も無しに、なに一つ不自由なく出世していくヤツ。

じゃあ、そいつらにも罰ゲームはあんのかよ!

不平等だし、理不尽じゃないのか?


誰だよ、俺を迎えにタクシーを呼んだのは。

俺を何処に連れてくつもりだったんだ?

なぁ! おかしいだろ! 俺ばっかさ!


少しずつ、霧が晴れて、空が姿を見せ始めた。

その雲間から覗いている月の姿をした太陽は、まるで大きな【目】で、俺を見ているようだった。



 〔また次回、お迎えに上がります}


       了






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