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   朝食と遠雷


「えっ。高校の同窓会に出席するの」

「うん。行こうと思ってる。
斗亜とあも参加するだろう?」

百花ももかは、どうするの?姉夫婦は、その頃旅行であずけられないし、託児所だと百花は泣いてしまうから断られるの。それにようも出張だったでしょう?」


「先方の都合で延びたんだ。
ここのコッペパン、美味いよなぁ。ふかふかで。もちろん斗亜が作ってくれる具も美味しいよ」


「同窓会は」

「ん?仕方ないから俺一人で行くわ」

「やめて」
私は強い口調で言った。


「どうした斗亜」
陽が驚いた表情で私を見ている。

「陽だけで行かないで。
お願いだから欠席して。お願い」


「理由も訊いてないのに、納得がいかないな」
陽は少し怒っていた。


百花ももかを起こしてくる」


「おはよう百花。起きてちょうだい。ご飯を食べて、幼稚園に行くわよ」

「ママ〜眠い」
「抱っこしてあげる。お着替えしましょうね」

「うん」

私は百花を着替えさせながら、窓の外を見た。
今にも雨が降って来そうな雲が垂れ込める。



「パパおはよう」
「おはよう百花。幼稚園は楽しいか」

百花は頷き、小さく切った
コッペパンを食べて、牛乳を飲んだ。


「さぁ行きましょうか。幼稚園バスが来るわよ」

マンションの駐車場には、子供と、お母さんたちがバスを待っている。


すると、たくさんの可愛い動物の絵が描いてあるバスが到着した。

ドアが開き、保育士さんが顔を出す。

「みなさん、おはようございます。お待たせしました。
順番に乗りましょうね」


園児たちは、お弁当の入ったバックを保育士さんに渡すと、手摺りにつかまり乗り込むと、椅子に座った。


「行ってらっしゃい」
「いい子にしてるのよ」

「バイバーイ」
「バイバイ」


バスは駐車場から出て、幼稚園に向かった。


そう言えば最近、太田さんの姿を、見てないな。


「青木さん、おはようございます。知ってます?太田さんの家のこと」

「川辺さん、おはようございます。太田さんの家、何かあったんですか」


川辺さんは、ママさんたちが帰るのを見ると、驚くことを言ったのだ。

「離婚したの。太田さん」


「離婚」

「そう。しかも原因は旦那さんの浮気」


「そんな……仲が良かったじゃないですか。太田さん御夫妻」


「驚くのは、このあと話すこと」
川辺さんが、意味深な顔で私を見る。


なんだか胸が苦しくなってきた。


「あのね、旦那さんの浮気相手、誰だと思う」
「分かりませんよ。そんなこと」

「柏さん」


「柏さんって、同じ幼稚園の」

「そう。姫花ちゃんのお母さん。太田さんとも仲の良かった、あの柏さんなの」


「どうして、そんなことに」


「男と女は分からないわね。
太田さんは離婚して、しゅう君を連れて実家に帰ったそうよ。柏さんのところは、まだ夫婦で揉めてるみたい。一応、青木さんの耳にも入れておいた方が、いいかなと思って。じゃあね」


そう言って川辺さんは、マンションのエントランスに走って行った。


子供が同じ幼稚園のパパと
ママが浮気……。


私は嫌なことを、思い出しそうになっていた。

陽に会いたい。
私はエレベーターに急いで乗った。


自宅に戻ると、陽がテレビを観ていた。

「お帰り斗亜。ビデオが溜まってるから、観ようかと思ってさ。休みの日くらいしか時間が無いし。斗亜も一緒に観ようよ」


私は「うん」と言い、ソファに座ろうとした。
その時、空が光った。


「雷だな。どんよりした空だったもんな。隣においで」

私は陽と並んで座った。
彼の肩にもたれると、陽は
ゆっくり髪を撫でてくれた。


「斗亜はまだ、朝ごはんを食べてないんじゃないか。食べた方がいいぞ。俺ももう一つ食べたい。美味しいもの」


私と陽は、テーブルに着くと、コッペパンサンドを食べ始めた。


「この卵サラダは絶品だよ」

「ありがとう。ゆで卵の刻み具合がちょうどいいからかもしれないね」


「なるほどねえ」


私はパクパクと食べている、
陽の姿を見て、この幸せな朝を絶対に手放さない。
守る。
そう思った。


「理由を聴かせてくれないか」


私はパンを飲み込んだ。

「何故そんなに俺に同窓会に
出て欲しくないのか」


「私は貴方と百花の生活が、
何より大事だし愛してる。
だから無くしたくない」


陽は黙って訊いている。


「……園部ミカさんも来るから」
力を振り絞り、私はそう言った。


陽は笑った。

「園部さんのことは、気にすることないよ。なんだ、そんなことだったのか」


園部ミカさんは、陽が私と付き合っていると知った上で、
陽に告白した女子生徒だ。

勿論、陽は断ってくれた。
けれど彼女は諦めてはいなかったのだ。


私はいつでも、園部さんの視線を感じた。

そう
いつでも。


視線の方を見ると、そこには
私を見つめる園部ミカがいた。
微笑みを浮かべて。


「こんなこと話したら、私が変なんだって思うでしょ。
気にしすぎだって」


「いや、思わないよ」

「本当に?」

「うん。本当に」


 ザアアアア


「すごい雨が降ってる」

「ゲリラ豪雨ってヤツか。
それにしても凄いな」

陽と私は暫く、その様子を眺めていた。


「斗亜」

「うん?」

「同窓会、俺も参加しない」


「……」


「斗亜が、これだけ嫌がっているんだ。行かないよ。だから安心していいよ」


私はホッとした。
「陽、ありがとう」


「いいんだよ。それほど行きたかったわけでもないし」


私は話そうか、どうしようか迷ったが、太田さんと柏さんのことを、陽に言った。


陽は驚いていたが、

「浮気するか、しないかの
壁は、案外薄いのかもしれないな。常識じゃ考えられないことも、その時には冷静に考えるスペースが、気持ちに無くなっているのかもしれない。
分からないけどね」


私にとって、園部ミカの存在は、遠雷のようだった。

いつまでも、遠くにいて、
近づいては来ない。

けれどその場に、居続ける。


この先も私は、完全に気を抜けることはない気がしていた。


男も女も分からない生き物なのだろう。

それでも信じて愛して行くのだ。


「さてビデオを観ないと。百花が帰って来たら観られなくなるぞ」


「何にする。映画かな。ドラマも動物物もいいなぁ」


「それから俺は浮気はしない。信じてくれよ」


(皆んな、そう言うんだろうな 笑)




      了









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