朝食と遠雷 24 紗希 2024年10月20日 05:06 「えっ。高校の同窓会に出席するの」「うん。行こうと思ってる。斗亜とあも参加するだろう?」「百花ももかは、どうするの?姉夫婦は、その頃旅行であずけられないし、託児所だと百花は泣いてしまうから断られるの。それに陽ようも出張だったでしょう?」「先方の都合で延びたんだ。ここのコッペパン、美味いよなぁ。ふかふかで。もちろん斗亜が作ってくれる具も美味しいよ」「同窓会は」「ん?仕方ないから俺一人で行くわ」「やめて」私は強い口調で言った。「どうした斗亜」陽が驚いた表情で私を見ている。「陽だけで行かないで。お願いだから欠席して。お願い」「理由も訊いてないのに、納得がいかないな」陽は少し怒っていた。「百花ももかを起こしてくる」「おはよう百花。起きてちょうだい。ご飯を食べて、幼稚園に行くわよ」「ママ〜眠い」「抱っこしてあげる。お着替えしましょうね」「うん」私は百花を着替えさせながら、窓の外を見た。今にも雨が降って来そうな雲が垂れ込める。「パパおはよう」「おはよう百花。幼稚園は楽しいか」百花は頷き、小さく切ったコッペパンを食べて、牛乳を飲んだ。「さぁ行きましょうか。幼稚園バスが来るわよ」マンションの駐車場には、子供と、お母さんたちがバスを待っている。すると、たくさんの可愛い動物の絵が描いてあるバスが到着した。ドアが開き、保育士さんが顔を出す。「みなさん、おはようございます。お待たせしました。順番に乗りましょうね」園児たちは、お弁当の入ったバックを保育士さんに渡すと、手摺りにつかまり乗り込むと、椅子に座った。「行ってらっしゃい」「いい子にしてるのよ」「バイバーイ」「バイバイ」バスは駐車場から出て、幼稚園に向かった。そう言えば最近、太田さんの姿を、見てないな。「青木さん、おはようございます。知ってます?太田さんの家のこと」「川辺さん、おはようございます。太田さんの家、何かあったんですか」川辺さんは、ママさんたちが帰るのを見ると、驚くことを言ったのだ。「離婚したの。太田さん」「離婚」「そう。しかも原因は旦那さんの浮気」「そんな……仲が良かったじゃないですか。太田さん御夫妻」「驚くのは、このあと話すこと」川辺さんが、意味深な顔で私を見る。なんだか胸が苦しくなってきた。「あのね、旦那さんの浮気相手、誰だと思う」「分かりませんよ。そんなこと」「柏さん」「柏さんって、同じ幼稚園の」「そう。姫花ちゃんのお母さん。太田さんとも仲の良かった、あの柏さんなの」「どうして、そんなことに」「男と女は分からないわね。太田さんは離婚して、秀しゅう君を連れて実家に帰ったそうよ。柏さんのところは、まだ夫婦で揉めてるみたい。一応、青木さんの耳にも入れておいた方が、いいかなと思って。じゃあね」そう言って川辺さんは、マンションのエントランスに走って行った。子供が同じ幼稚園のパパとママが浮気……。私は嫌なことを、思い出しそうになっていた。陽に会いたい。私はエレベーターに急いで乗った。自宅に戻ると、陽がテレビを観ていた。「お帰り斗亜。ビデオが溜まってるから、観ようかと思ってさ。休みの日くらいしか時間が無いし。斗亜も一緒に観ようよ」私は「うん」と言い、ソファに座ろうとした。その時、空が光った。「雷だな。どんよりした空だったもんな。隣においで」私は陽と並んで座った。彼の肩にもたれると、陽はゆっくり髪を撫でてくれた。「斗亜はまだ、朝ごはんを食べてないんじゃないか。食べた方がいいぞ。俺ももう一つ食べたい。美味しいもの」私と陽は、テーブルに着くと、コッペパンサンドを食べ始めた。「この卵サラダは絶品だよ」「ありがとう。ゆで卵の刻み具合がちょうどいいからかもしれないね」「なるほどねえ」私はパクパクと食べている、陽の姿を見て、この幸せな朝を絶対に手放さない。守る。そう思った。「理由を聴かせてくれないか」私はパンを飲み込んだ。「何故そんなに俺に同窓会に出て欲しくないのか」「私は貴方と百花の生活が、何より大事だし愛してる。だから無くしたくない」陽は黙って訊いている。「……園部ミカさんも来るから」力を振り絞り、私はそう言った。陽は笑った。「園部さんのことは、気にすることないよ。なんだ、そんなことだったのか」園部ミカさんは、陽が私と付き合っていると知った上で、陽に告白した女子生徒だ。勿論、陽は断ってくれた。けれど彼女は諦めてはいなかったのだ。私はいつでも、園部さんの視線を感じた。そういつでも。視線の方を見ると、そこには私を見つめる園部ミカがいた。微笑みを浮かべて。「こんなこと話したら、私が変なんだって思うでしょ。気にしすぎだって」「いや、思わないよ」「本当に?」「うん。本当に」 ザアアアア「すごい雨が降ってる」「ゲリラ豪雨ってヤツか。それにしても凄いな」陽と私は暫く、その様子を眺めていた。「斗亜」「うん?」「同窓会、俺も参加しない」「……」「斗亜が、これだけ嫌がっているんだ。行かないよ。だから安心していいよ」私はホッとした。「陽、ありがとう」「いいんだよ。それほど行きたかったわけでもないし」私は話そうか、どうしようか迷ったが、太田さんと柏さんのことを、陽に言った。陽は驚いていたが、「浮気するか、しないかの壁は、案外薄いのかもしれないな。常識じゃ考えられないことも、その時には冷静に考えるスペースが、気持ちに無くなっているのかもしれない。分からないけどね」私にとって、園部ミカの存在は、遠雷のようだった。いつまでも、遠くにいて、近づいては来ない。けれどその場に、居続ける。この先も私は、完全に気を抜けることはない気がしていた。男も女も分からない生き物なのだろう。それでも信じて愛して行くのだ。「さてビデオを観ないと。百花が帰って来たら観られなくなるぞ」「何にする。映画かな。ドラマも動物物もいいなぁ」「それから俺は浮気はしない。信じてくれよ」(皆んな、そう言うんだろうな 笑) 了 ダウンロード copy いいなと思ったら応援しよう! チップで応援する この記事が参加している募集 #秋の味覚レシピ 1,825件 #短編小説 #浮気 #秋の味覚レシピ #男と女 #コッペパン #ずっと見てる 24