愛されてもいいんだよ
「お姉ちゃん、食べな。風邪を引かなくなるよ」
駅の待合室で、知らないおばさんにミカンをもらった。
部屋の真ん中にある、大きな達磨ストーブで焼いたものだ。
この辺りでは、珍しくない“焼きミカン”は、風邪予防に効くと云われている。
「ありがとうございます。頂きます」
私はそう云って、アルミホイルに包まれた、暖かいミカンを一房、口に運んだ。
「美味しい」
自然と呟いていた。
「誰かを待ってるのかい?」
焼きミカンをくれた、おばさんがニコニコしながら私を見ている。
「彼氏?」
「あ、いえ兄です」
「お兄ちゃんかい。仲のいい兄妹だ、いいことだわな」
そう云って、おばさんもミカンを口にした。
仲のいい。
はい、そうなんです。
私は兄が大好きなんです。
❄️☃️❄️
兄の孝が大学を卒業し、就職をしたとたんに、両親は離婚をした。
私が大学に入ったばかりの時だった。
本当は、二人の子供が20歳になるまで離婚は我慢していた両親だが、限界だったみたいだ。
私には父と母が、言い争っている記憶しかない。
なんで結婚したのか、皆目分からない。
とにかく常に喧嘩ばかりしていた。
遂に父は家を出て、別に部屋を借り、一人で暮らすようになった。
そんな風だから、離婚はごく自然の流れであり、寂しいなどという感情は、私の中には無かった。
❄️☃️❄️
まだ大学生の私は兄と暮らすことを選んだ。
兄の方から二人で暮らそうと云ってくれた時、私は本当にホッとした。
父とも母とも、暮らす気にはなれずに、どうしようと悩んでいたのだ。
大嫌いとか、そんな気持ちにもならない。
ただ、呆れ果てていた。
私の大学に必要なお金、プラスαは、父が払ってくれることになった。
まだ社会人になったばかりの兄の給料では、二人分の生活費も私の学費も出しようがなく、兄の負担にはなりたくなたった私は父に感謝をした。
親に感謝するのは初めてだったかもしれない。
今は私も大学を出て、役所に就職をしている。
❄️☃️❄️
窓の外を見ると、さっきまで大して雪は降ってなかったのに、いつの間にか風吹になっていた。
ふと見たら、さっきの焼きミカンをくれた
おばさんは、居眠りをしている。
待合室の達磨ストーブのおかげで、室内は、とっても暖かくて、眠気を誘う。
私もさっきから、うつらうつらしては、ハッとすることが何回もあった。
❄️☃️❄️
兄との暮らしは自由で解放された気持ちになれた。
父は家を出て一人で暮らし、もう一つ家根の下には居なくなったのに、母はヒステリックなままだ。
家の空気は毎日ピリピリしていた。
だからだろう。変な緊張感を持たずに済む生活は、自分がのびのびしているのが分かった。
大学生の私は、恋愛もした。
でも……上手くいったことは無く、振られてばかりだった。
私の方から振ったことは一度もない……
ある日、私が入浴中に兄が仕事から帰宅していた。
「お兄ちゃんお帰り」
バスタオルで髪を乾かしながら、そう云った。
「ただいま。香奈は風呂上がりか。俺も夕飯の前に入ってくるかな」
「うん、それがいいよ。お腹が膨れると入るのが面倒にならない?」
「確かにそうかもな」
私は冷蔵庫から缶ビールを出すと、プルトップを開けた。
兄は黙ってそれを見ている。
「……じゃあ、風呂に入るわ」
そう云って、兄は浴室に行った。
❄️☃️❄️
私は部屋に行き、大きくて柔らかなクッションに埋もれると、缶ビールをゴクッと飲んだ。
観たいわけでもないが、テレビをつけた。
相変わらず、芸能人が内輪ネタで盛り上がり、観ている私は面白くも何ともない。
別の番組にしようとザッピングしたが、観たいと思う番組は一つもなかった。
仕方がないので歌番組にして、リモコンを床に置いた。
「あ〜さっぱりした。夕飯は鍋を温めればいい?」
「うん、豚汁を作ったから。それと冷蔵庫にサラダも入ってるから食べてね」
「香奈が居なかったら俺は毎日、弁当を買ってただろうな。助かるよ」
兄にそう云ってもらえて、私は嬉しかった。
夕飯はお兄ちゃんの為に作っているのだから。
❄️☃️❄️
待合室のドアが開く音で目が覚めた。
いつの間にか眠っていたようだ。
手の中には冷めた焼きミカンが残っている。
せっかくなので全部頂こう。
私の向かいには、恋人同士が座っていた。
いま入って来たのは、この二人だろう。
気になったのは女の子の表情だ。
何だか、とても気を遣っている気がする。
彼氏の方は、かなりワンマンそうだ。
彼女の気持ちに無関心なのが伝わって来る。
貴女はその彼氏と別れた方がいい。
彼は貴女を幸せにする気など更々無
いようだから。
❄️☃️❄️
ある晩、私が缶ビールを飲んでいると、お兄ちゃんが帰って来た。
「お帰りなさい」
私を観て、お兄ちゃんの顔が曇った。
テーブルにビジネスバックを置くと、着替えもしないまま椅子に座り、私のことを少し怒った感じで見ている。
「お兄ちゃん、着替えないの?」
「香奈、お前、振られたんだろう」
「え、なんで……」
「その缶ビールだよ。香奈は普段はお酒は飲まないのに、振られた時には必ず缶ビールを飲む。そのことに俺は気が付いた」
私は何も云えずに黙ってしまった。
「前から思ってた。香奈の恋愛は常に相手に尽くすだろう?」
「そうだけど。それがなに?いけないこと?」
「対等な関係なら別にいいよ。だけど香奈と彼の関係は、きっと対等じゃないと、俺は思ってる。
香奈だけが彼に尽くして、そんな香奈に、彼はあぐらをかいてる関係だと思うんだけど、違うか?」
「!……」
❄️☃️❄️
「やっぱりそうか。香奈、よく訊いて欲しい。“自分から相手を愛さなければ、絶対に彼の方から自分を愛してはくれない”そんな思い込みは捨てるんだ」
「思い込み……」
「そうだ、香奈の思い込みだよ。そんなことは無いんだ。彼の方から先に、香奈のことを愛することだってあるんだよ」
「……」
「それともう一つ。自分が尽くさなければ、彼は去ってしまう。そう思ってるんだろう?」
兄の話しを訊いている内に、涙が次々と頬を伝い始めた。
どうしちゃったの、わたし。
何故、涙が止まらないんだろう。
兄は優しい顔で、私を見ていた。
「辛かったな、香奈」
理由は分かってた。
❄️☃️❄️