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 本当は怖い話し?



「う〜ん」

朝から杏奈あんなの唸り声が訊こえて来る。

席が隣りの私は、もう慣れっこだ。

シナリオライター志望の彼女が、新しい構想を練っている。


だから放っておくのが得策なのだ。

私は鞄から、読みかけの本を取り出して、続きを読もうとパラパラとページをめくる。


「ねぇ凪沙なぎさ

「なに」

「凪沙は好きな童謡ってある?」


「童話?そうだなぁ。急には浮かばないけど、故郷ふるさとは好きかな」

「ウサギは美味しいっていうアレね」


「まあね。違うけど」

私は再び本に視線を落とす。


後ろの席で、この会話を訊いていた、新汰あらたが一言。


「童謡って怖くないか。俺は苦手だわ」

そう云った。


私が「あるある」
そう云うと、新汰は、だろう?という顔になった。


「『行きはよいよい。帰りは怖い』

『後ろの正面だあれ〜』
とかね」

新汰は、「それそれ」と頷く。



「童話だって怖いわよ」
と、杏奈。



「そういえば以前に話題になったよな。本当は怖い◯◯本。
俺は怖いの嫌いだから、読まなかったけど」


いつの間にか、怖い話しが中心になっている。
止めてくれ。
そういうの、苦手なんだから。

「見て見て。ほら入道雲!夏よねぇ」

私は必死で話題を変えようとした。


「そうよ。夏が来たから怖い話しは、ピッタリでしょう?」


作戦失敗……。


杏奈は、突き出した唇と鼻でペンを挟んでいる。

ひょっとこみたい。



明後日から夏休みになる。

嬉しいけど、でも今年は少し違う。


「そういえば、凪沙の彼氏、夏休みになったら、1人旅に出発するんだろう?寂しくない?」

「新汰のアホ。寂しくないわけないじゃない」

挟んでいたペンを取った杏奈が、私の代わりに答えてくれた。


さくとは中学は同じだったけど、お互い別の高校に進んだ。

中3になった時から、何となく付き合うようになった。


本当に“何となく”だった。

朔は女子から人気があったから、私は随分と妬まれた。


こんなにモテる朔と、何となくで、付き合うことになったことが、彼女たちからすれば、許せないといった雰囲気だった。


ダイエットをして、髪型にもこだわるような努力をしなければ付き合ってはいけない。

彼女たちからは、そんな決め付けが伝わった。


何で自ら、難しくするのかが、私には分からない。

努力とか、厳しさが嫌いな自分には。





「凪沙。俺さ、夏休みはチャリで日本中を周ろうと思うんだ」

「えっ。朔一人で?両親は許してくれたの?」


「許すも許さないも、あの2人は俺に関心なんて無いから」

そう云って朔は笑った。


「資金不足だから、寝袋で野宿だけど、それはそれで楽しみなんだ」


私は心配と心細い気持ちになった。

朔は「凪沙、そんな顔しないでくれよ。俺は大丈夫だから。楽しみでワクワクしてるんだ」


私は「うん」と頷いた。


「凪沙は見送りに行くの?」

杏奈にそう聞かれたが、私は行かない。

朔から「凪沙は絶対に泣くから、見送りはいい。分かったね」


そう釘を指されていた。

なるべく小まめに連絡するから安心して。

そうも云っていた。


あの朔が、小まめに連絡。

にわかには信じられない。
朔は、めんどくさがり屋なのだ。


期待しないに限る。



翌日の夜、珍しく朔から電話がかかって来た。

「明日から行って来るけど、くれぐれも、心配しないように」

「どうだろう。やっぱり不安はあるよ。とにかく気をつけて行って来てね」


「うん。ありがとう。凪沙も楽しい夏休みを過ごしなね」


電話を切ったあと、私は急に寂しくて泣きそうになっていた。


自分が思ってる以上に、私は朔のことが好きになっていることに、気付いた瞬間でもあった。


朔は中学の時、一度もお弁当を持って来たことがなかった。


毎日、どんな気持ちで、購買のパンを食べていたのだろう。


私は朔の両親に、放任主義とは違うものを感じた。


一種のネグレクトなんじゃないのだろうか。


それでも朔は日々を元気に、人を笑わせて幸せそうに過ごしていた。


そんな朔のことを、私は可哀想とは思ってはいない。

冷たいと思われるかもしれない。


けれど朔は自分を大切にしているように、私には映ったのだ。


自分を愛せることって簡単なようで、そうではないと私は思う。

私にはそれが出来ずにいたから。



朔からは、以外にもマメに連絡があった。

「今日は一日雨で、参ったよ」

「休憩していたら、お婆ちゃんに、大福を貰った。美味かった」

他愛無い話しを訊くのは楽しい。


ところが。


「ずっと野宿だったけど、風呂に入りたくて、昨日は奮発して民宿に泊まったよ。
その家の女の子が、凄く可愛いくてさ」


なんだと。


「性格もいい子でさ、優しいんだよ」


ふ〜ん。
良かったじゃない。


「もしもし。凪沙?訊こえてる?」


「よ〜く訊こえてます」


「なんか怒ってない?」

「怒るわけないじゃない」


「それならいいけど」


絶対に焼きもち焼いてるなんて、云うもんか!



8月も、残すところ1週間になったころ、朔は無事に帰って来た。


アナタはどちらの国の方ですか?

それくらい朔は日焼けしていた。


「はい。凪沙にお土産」

私はウキウキと箱を開けた。


「可愛いだろ。凪沙に似てるからこれにしたんだ」


「赤べこ、だよね」


「そう。魔除けになるんだって。それから元気に成長するそうだよ。赤べこを持ってると」


それって子供の健康を願ってのことなんだけど、朔は知ってるのだろうか。

似てるって?
私と赤べこ。


確かに可愛いけど、複雑な気持ちになるなぁ。
ま、いっか。


「ありがとう。部屋に飾るね」

朔は満足そうに笑っている。


べこべこ赤べこ。


「それから。民宿の女の子は、確かに可愛いかったけど、凪沙ほどではないよ」

朔は顔を赤くしながら、そう云った。


べこべこべこべこ赤べこ。




新学期が始まった。


「オレさ、衝撃的なことを訊いた」
新汰が目をキョロキョロさせながら云う。


「何よ。衝撃的なことって」

杏奈が疑いの眼で新汰を見ている。


「シンデレラの話し」

「グリム童話でしょう。私も読んだわ」


「凪沙は知らないだろう?
シンデレラって実は恐ろしい話しだったんだ」


新学期早々、また怖い話しの始まりなわけ?

でも、ちょっと興味がある。


「ディズニーのシンデレラと、全然違うんだよ」


「そう。魔法使いもカボチャの馬車も出て来ないの。
夜中の12時に魔法が消えることも、グリム童話には出て来ないのよ」


「えー!そうなの。馬車がないなら、シンデレラはどうやってお城の舞踏会に行ったの?」


「歩いて」

まさかの徒歩。


「それに夕方には帰ってたのよ。王子に追いかけられて、走ってる内に、靴が片方脱げちゃうの。でもガラスでは無く金色の靴」


「金色……舞踏会って確か3日続くのよね」


「だから3日連続でシンデレラは徒歩で行って、走って帰る。金色の靴を残して」


……本当なら、どこか抜けてる気が。


「新汰の云う恐ろしいって、どこが?」


新汰は言いにくそうだ。

すると杏奈が、
「シンデレラの靴は小さいから、姉たちの足が入らないのよ。それで母親が、指を切れだの、かかとを切れだのと命令するわけ」


「うわっ」


「それでね」

「も、もういいよ。残酷過ぎて訊けない」


「分かった。ところで凪沙の彼氏は、お土産を買って来た?」

「うん。持って来たよ」

私は鞄から、箱を取り出すと、開けてみせた。


「赤べこじゃん」

「これが凪沙への、お土産なの?」


私は頷いた。

「私に似てるからって」


杏奈と新汰は顔を見合わせた。


「赤べこに似てる」

「それはそれで、怖い話しだわ」


私は赤べこの頭を、ちょんと押した。
赤い顔が頭を下げる。


べこべこべこべこべこべこ赤べこ。

可愛いじゃない。
ね?


      了























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