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冬のホーム


毎朝、同じ時間に向かいのホームで電車を待つキミがいる。

紺色のリボンが胸元にある制服を見れば、どこの高校かは直ぐに分かった。


真冬の凍るような風が、キミの肩まである髪を、容赦なく吹き抜ける。


電車が来るまでの間、スマホを見るのではなく、いまどき
珍しく文庫本を読んでいた。



初めてキミの存在に気づいてから僕は、毎朝ホームに立つ度に胸が高鳴るようになっていた。


“恋”
きっと、そうなんだろう。
僕はキミのことが、好きになっていた。


滑るようにホームに電車が入って来た。
本を鞄にしまうと、満員の車内にキミは押されるように乗り込みホームを後にした。


交代に、僕が乗る電車が駅に着く。
こっちは下り方面だから、比較的空いている。


駅の音楽が鳴り止みドアが閉まると、朝陽を浴びながら出発する。


ガタン  ガタン  ガタン


窓の向こうは、海と工場地帯が広がっている。
キミは都心に向かうので、住宅地を抜けてビルの間を走っているだろう。


明日の朝もキミに会えますように。

姿を見るだけで僕は嬉しいから。



高校に着くと、友達に話し掛けられた。

お前、好きな子はいるのかと。


何でそんなこときくんだと返す。

A子が、お前のことが好きみたいだから。
お前は、どうなのかと思ってさ。


[好きな子]

何て答えればいいんだろう。
話しをしたことも、面と向かって顔を見たこともない、そんな女の子。

だけどやっぱりーー。


好きな子はいる。


えっ!いるのか?
誰なんだ。A子か?


悪いけど違うんだ。
この学校の生徒じゃない。



知らなかった。

そうか、いるんだ。
A子は片思いか。可哀想に。


友達の声を背に、僕は教室に向かった。


ごめんA子。


次の日の朝。
キミの姿はなかった。

僕は焦った。
焦っても、どうにもならないけど、胸がバクバクした。


どうして居ないんだろう。

何かあったんだろうか。
乗る電車を変えたとか?

いや、落ち着け。

風邪を引いたのかもしれない。


そうだ、風邪だよ。

動揺しすぎだぞ自分。
落ち着け。


学校の廊下で、A子と目が合った。

A子は直ぐに、僕から視線をそらし、走り去った。


僕は心の中で、謝るしか出来ない。


次の日も、またその次の朝も、キミの姿はホームになかった。

一体、どうしたんだろう。

もし、このまま会えなかったら。

僕は後悔した。


名前を知りたかった。

声を聴いてみたかった。


……気持ちを、伝えればよかった。

意気地がないな僕は。

見ているだけでいいなんて、嘘っぱちだ。


本当は。

本当の気持ちは。


そして翌朝、キミはホームに居た。

マスクをして、咳をしていた。


やっぱり風邪だったんだね。


僕はキミを見つめた。

キミも僕の視線に気付いた。


僕は向きを変えて歩き出す。

キミの居る、ホームに向かう階段を登る為に。


自分の気持ちを伝える為に。


一歩ずつ。

一段ずつ。

何て声をかければいい?

分からないまま僕はホームに向かっていた。



      了











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