冬のホーム 14 紗希 2025年2月23日 09:26 毎朝、同じ時間に向かいのホームで電車を待つキミがいる。紺色のリボンが胸元にある制服を見れば、どこの高校かは直ぐに分かった。真冬の凍るような風が、キミの肩まである髪を、容赦なく吹き抜ける。電車が来るまでの間、スマホを見るのではなく、いまどき珍しく文庫本を読んでいた。初めてキミの存在に気づいてから僕は、毎朝ホームに立つ度に胸が高鳴るようになっていた。“恋”きっと、そうなんだろう。僕はキミのことが、好きになっていた。滑るようにホームに電車が入って来た。本を鞄にしまうと、満員の車内にキミは押されるように乗り込みホームを後にした。交代に、僕が乗る電車が駅に着く。こっちは下り方面だから、比較的空いている。駅の音楽が鳴り止みドアが閉まると、朝陽を浴びながら出発する。ガタン ガタン ガタン窓の向こうは、海と工場地帯が広がっている。キミは都心に向かうので、住宅地を抜けてビルの間を走っているだろう。明日の朝もキミに会えますように。姿を見るだけで僕は嬉しいから。高校に着くと、友達に話し掛けられた。お前、好きな子はいるのかと。何でそんなこときくんだと返す。A子が、お前のことが好きみたいだから。お前は、どうなのかと思ってさ。[好きな子]何て答えればいいんだろう。話しをしたことも、面と向かって顔を見たこともない、そんな女の子。だけどやっぱりーー。好きな子はいる。えっ!いるのか?誰なんだ。A子か?悪いけど違うんだ。この学校の生徒じゃない。知らなかった。そうか、いるんだ。A子は片思いか。可哀想に。友達の声を背に、僕は教室に向かった。ごめんA子。次の日の朝。キミの姿はなかった。僕は焦った。焦っても、どうにもならないけど、胸がバクバクした。どうして居ないんだろう。何かあったんだろうか。乗る電車を変えたとか?いや、落ち着け。風邪を引いたのかもしれない。そうだ、風邪だよ。動揺しすぎだぞ自分。落ち着け。学校の廊下で、A子と目が合った。A子は直ぐに、僕から視線をそらし、走り去った。僕は心の中で、謝るしか出来ない。次の日も、またその次の朝も、キミの姿はホームになかった。一体、どうしたんだろう。もし、このまま会えなかったら。僕は後悔した。名前を知りたかった。声を聴いてみたかった。……気持ちを、伝えればよかった。意気地がないな僕は。見ているだけでいいなんて、嘘っぱちだ。本当は。本当の気持ちは。そして翌朝、キミはホームに居た。マスクをして、咳をしていた。やっぱり風邪だったんだね。僕はキミを見つめた。キミも僕の視線に気付いた。僕は向きを変えて歩き出す。キミの居る、ホームに向かう階段を登る為に。自分の気持ちを伝える為に。一歩ずつ。一段ずつ。何て声をかければいい?分からないまま僕はホームに向かっていた。 了 ダウンロード copy いいなと思ったら応援しよう! チップで応援する この記事が参加している募集 #今こんな気分 93,318件 #短編小説 #今こんな気分 #片思い #冬の朝 #通学途中 14