幾つになっても恋はする
電車は多摩川を渡っていた。
何艘かのボートが岸辺に固定されている。
普段から人気のある場所だけど花見の頃は、かなりの人が集まる川沿い。
近くの住宅やデパートの灯りが川面に反射して、ゆらゆら光り、美しくて、儚げだなと僕はボンヤリと感じながら目で追った。
この風景を見ると
「帰って来た」
そう感じる人が多いらしい。
かくゆう僕もその1人だ。
会社の有る東京から、家のある神奈川に戻った。
明日の朝には又、この河を満員電車で渡る。
美羽さんとは僕の職場が在る、ビルの1階で出会った。
そこは昼間も照明を落としたカフェで、その落ち着いた雰囲気が僕は気に入り、昼時に軽食を食べに、たま利用していた。
ある時から美羽さんは、この店に姿を見せるようになった。
週に3回、カフェに来たお客の占いをしに。
彼女から、オーナーに頼まれたからと訊いた。
「親戚なの。このお店が大変だと知ってね」
僕は気付かなかったが、この物価高騰で、店の経営は赤字続きだったらしい。
値上げが出来ずに悩んでいたオーナーが、美羽さんに助けを求めた。
趣味だという美羽さんの占いは、瞬く間に評判になった。
カフェは予約も入る盛況ぶりに変貌し、店の経営は持ち直した。
僕は占いを、信じていない。
だけど店で美羽さんを見た時、一瞬で運命の人だ。
そう感じた。
マスターから彼女は独身だと訊いて、僕は美羽さんに交際を申し込んだ。
彼女は僕を見て、自分は寺澤さんに相応しくないから。
ごめんなさい。
そう、やんわりと断られた。
僕は、そんなことで諦めるような、柔な気持ちではなかった。
何度も美羽さんに気持ちを伝えた。
その度に断られた。
彼女が「自分は貴方に、相応しくない」
と云う理由は歳の差にあった。
たぶん2回り位、僕が歳下だからだ。
それが何だと僕は思った。
惚れた気持ちが、揺らぐには値しない。
半年ほど経った頃、美羽さんはカフェに来なくなった。
マスターに尋ねたら、体調を崩したらしいとのことだった。
僕に会うことを避ける為だと、直ぐに察した。
彼女の仕事を訊いてみたが、マスターも知らなそうだ。
会計を済ませて店を出ようとした時、マスターからメモを
渡された。
そこには美羽さんの通っている、バレエ教室の名前と場所が書いてあった。
「さすがに美羽ちゃんの、住所や電話番号は、勝手に教えることは出来ないので。火曜日と金曜日に習いに行ってるらしい。応援してるよ寺澤くん」
僕はマスターに御礼を云って、有り難くメモを受け取った。
「美羽さんは、バレエを習っているのか。だから立ち姿が綺麗だったんだ」
何だか胸が高鳴る。
そして僕は午後からの仕事へと職場へ急いだ。
「20歳も歳が上なの。慎吾が好きな人」
「たぶんそれ位だと思うんだ。まだハッキリとは分からないけどね」
お袋が感心するように、僕を見ている。
「母さんと父さんも11歳違うけど、慎吾は倍だわね。
へえ〜」
「お袋は、どう思う。僕の気持ちに変わりは無いけど」
夕飯の、豚の生姜焼きを食べながら、僕は訊いた。
「母さんは慎吾次第でいいと思うわよ。子供は欲しくないの?」
「彼女が居てくれたら、もうそれでいいんだ。孫を見せてあげられないのは悪いけど」
「孫なら、晶が3人も産んでくれたからね」
「姉貴に感謝しなきゃね」
「ただね」
「ん?なに」
「慎吾も男だからねえ。これからだって歳を取るわけだし」
「浮気するって云いたいんだろ」
「するでしょう?」
「決め付けないでよ。しないよ僕は」
「どうだか。父さんもしたからね。11歳差でするんだから、20も違えば……ねえ」
「何が、ねえだよ。しないといったらしません」
「まぁまだ、慎吾の片想いみたいだしね」
「感じ悪いな。ごちそうさま。洗ってくる」
僕は洗った食器を拭くと、棚に戻し、そのまま部屋に戻った。
「明日の土曜日に、美羽さんの通っているバレエ教室を見に行こう。火曜と金曜は仕事だから行けないからな。会えないだろうけどウキウキする」
翌日、昼前に家を出て電車に乗った。
バレエ教室の在る街は案外近くて、1時間程で着いた。
場所は、マスターが書いてくれた住所のおかげで調べておくことが出来た。
徒歩で行ける距離だ。
美羽さんも、この街に住んでいるのだろうか。
街の様子を見ながら歩く。
大きなスーパーは無く、個人商店がまだ栄えている。
ケーキや美味しそうなフルーツを目にすると、お土産に買って行きたくなる。
しかし誰に渡せばいいんだと、自分でつっこむ。
歩いている内に、住宅街に入った。
10分も経たずにピアノの音が聴こえてバレエ教室が観えて来た。
「ここで美羽さんは、バレエを習っているのか。いつから始めたのかな」
僕は不審者に見られないように、建物から少し離れた場所から、窓の中を覗いでみた。
じゅうぶん不審者か。
「生徒たちの年齢に、かなりバラつきがあるんだな。小学生から50代位の人もいる」
「60代の生徒もいるわよ」
「あっ」
「マスターから、ここを教えてもらったんでしょう」
「美羽さん。あの……すみません、勝手に。土曜日なので、美羽さんは休みの日かと思って」
「マスターから訊いたんだもの。寺澤さんが謝ることはないわよ。ただ本当に来るなんて思ってなかった」
「……」
「どうしたの。寺澤さん」
僕はしつこいのだろうか。
粘着質とかストーカー気質とかそう云った部類になるのだろうか。
「寺澤さん大丈夫?私がきつい云い方したから。ごめんなさい」
「そんなことありません。いけないのは僕ですから」
「いえ、あの」
「大谷さん、こんにちは」
「こんにちは」
「バレエ教室に行くんでしょう?わたしも少し遅れちゃって。早く行きましょう」
「ええ」
僕が帰ろうとすると、美羽さんがやって来た。
「駅の傍に[ガンガラー]というお店があるの。
1時間くらい待てるようなら、そこに居てください」
「大谷さん、どうしたの〜」
「いま行きま〜す。じゃあ」
そう云うと美羽さんは、女性のところへ足早に戻ると、2人でバレエ教室に入った行った。
僕は再び駅前に来ていた。
けれど美羽さんの云っていた
お店が見つからない。
「僕は……ふられたんだな。今度こそはっきり分かった。
こんなバカな自分でも。
美羽さん、今までしつこくして申し訳ありませんでした。
諦めることにします。
出来るか分からないけど。
でも……お元気で!」
そうして僕は、帰りの電車に乗った。
「フラれちゃったの?あら〜残念ね。わたしも会いたかったのに」
家には姉貴が来ていた。
月に一度、義兄が子守りをすることになっている。
「子育ての大変さを知って欲しいから」
ということらしい。
「ねぇ慎吾。本当にもうダメなの?」
「うるさいなぁ。これでもかなり傷付いてるんだ。黙っててくれ」
「ごめん」
人に八つ当たりするなんて、
サイテーだな僕は。
翌日、エレベーターの中で、
ばったりマスターに出くわした。
「慎吾くん!」
「マスター、せっかく協力してくれたのに。フラれてしまいました。すみません」
「え、昨日の夜に美羽ちゃんから電話がかかって来たけど、美羽ちゃんは美羽ちゃんで、やっぱり無理だった。
そう云ってたぞ」
僕はマスターの話していることが、さっぱり分からずにいた。
「待ち合わせした店に、慎吾くんは行かなかったんだろう?」
「いや、店自体が無かったんです」
「話しが見えないな。5階だ。コーヒーの注文でね。
後でまた」
そう云ってマスターはエレベーターを降りて行った。
一体どうなってるんだ。
無理って。
その日、僕は仕事が手に付かなかった。
6時になると、エレベーターが待てずに、階段を駆け降りて、マスターの店へ行った。
まだ営業中なので、隅で静かに座って待つことにした。
「慎吾くん。アイスコーヒー
だよ」
「どうも」
「昼間の話の続きだけど」
「でもまだ営業中でしょう?」
「このビルの会社が就業したら、客は来ないさ」
「はぁ」
僕はそう云って、アイスコーヒーを飲んだ。
「待ち合わせの店がなかったって?」
「ええ。探したんですが」
「カフェか?」
「たぶん」
「待ち合わせだからな。因みに何ていう店だったの」
「ガンガラーって美羽さんは云ってました」
「ガンガラー?変わってるな。いや、ちょっと待てよ」
そう云うとマスターは、カウンターに戻ると、パソコンを
立ち上げた。
「ガンガラー、ガンガラー。
あったこれだ。慎吾くん、分かったぞ。カフェじゃないな多分」
「カフェじゃないなら、何の店だろう」
「その街に行ったことが無いので、はっきりとは云えないが、沖縄に関係した店かもしれない」
「沖縄?どうして沖縄が出て来るんですか」
「美羽ちゃんが、ここを手伝ってくれた時に云ってたんだよ。『沖縄に旅行に行ったんだけど良かったわよ。特にガンガラー。
マスターも、機会があったら行ってみるといいわ』ってね」
「?」
「沖縄料理の店は無かった?」
「う〜ん……覚えてないです。それに初めての待ち合わせに使うでしょうか」
「美羽ちゃんなら使うかもしれない。個性的だからな」
「慎吾くん、本当にごめんなさい。昨夜マスターからの電話で知りました」
「いや、何のお店か訊かなかった僕も迂闊でしたし」
「普通、カフェだと思うわよね。私が変なの。旅行で行った沖縄で食べた、ソーキそばが美味しかったので慎吾くんにも食べさせたくなって」
「僕にですか」
美羽さんは頷くと、
「好きな人には食べてもらいたくなるから、アッ」
マスターがニヤニヤして、こっちを見てる。
「本当ですか」
美羽さんは、両手で顔を覆いながら小さな声で、
「ハイ」と云った。
「美羽さん、ありがとうございます!」
「慎吾くん、良かったな」
「マスターのお陰です」
「でも、本当にいいの?私なんかで」
「“なんか”なんて。僕は、そのままの美羽さんが好きなんです」
「ありがとう慎吾くん。慎吾さん」
僕は笑いながら「無理しなくてもいいですよ。呼び方なんて、何でも構いません。それと、一つだけ訊いてもいいですか」
「私の仕事のことでしょう?」
「はい。やっぱり気になって。どんな職業でもいいんです。ただ何も知らないというのは……」
「私は、新宿の路上で占いをしています」
「そうですか。プロだったんですね」
「慎吾くんは嫌いでしたよね、占い」
「あ、まぁそうですね。僕はあんまり信じてはいないんです。申し訳ないけど」
「私もそう」
「えっ」
「占い師は予言者ではないから。ただ相談者の人に、本来持っている強さや自信を思い出して欲しい。お役に立てれば。それで仕事にしています」
「美羽さんの熱意はよく分かりました。応援します」
マスターはホッとして、帳簿を付け始めた。
私は寅なの!
僕は戌です!
「な、なんだどうした」
私は昭和なのよ。
僕は平成の戌年ですが、いけませんか。
昭和の寅年と平成の戌年だなんて、そんなこと赦されるのかしら。
おまけにダイエットの為に始めたバレエで、脚はガニ股。
バレエをやってたら、多少は仕方ないですよ。気にしなくていいんです。
姉貴なんて、見事なO脚ですよ。
一応、母は昭和の酉です。
やれやれ、今度は干支で揉めてるのか。美羽ちゃんも、いい加減に諦めたらいいのに。
因みワタシは午です。
興味ないよね?
了
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