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束縛という愛の形



広場には、幾つもの店が集結し、オープンマーケットが開催されていた。


大学から帰宅途中で、空腹の僕は美味しそうな匂いに引っ張られ、マーケットに入った。


肉料理も魚介類も、全部が美味そうだ。
甘い物も好きだし。


ポン

急に肩を叩かれた。

振り向くと、高校時代のクラスメイト、佐藤だった。

「いいマーケットだろう。大学に通いがてら、俺も企画から加わってるんだ。
ヨーロッパの港町にあるマーケットをイメージした」



佐藤は以前から、アイデァマンの素質がある。
パンチを食らったような、腫れた眼をしているので、暗そうな性格に見えるが、そうでない。

コミニケーション能力にも長けている。
僕からしたら羨ましい。


「相変わらず積極的に活動してるんだな」

「まぁな。好奇心旺盛なのは、子供の頃からだし。それより
槙野まきのも何か食ってけよ」


「ああ、そのつもりで寄らせてもらったんだ」



野菜や果物が綺麗に並んでいる。
パンやケーキもだ。

食べ物というより、置物みたいに黄色いパプリカたちが光っている。



何を食おうか迷うな。
だがやっぱり腹ペコには肉だ。
どの店にしようか。
キョロキョロしてしまう。


「あっ滝川たきがわさんだ」
佐藤が言うので、僕も顔を上げた。

確かに隣りのクラスに在籍していた滝川薫たきがわかおるだ。


「今は石野原いしのはら薫だがな。何せ高校を卒業すると同時に、結婚したんだから」

「あの時は驚いたな」


「皆んな驚いてたよ。しかも相手は50過ぎの男だと知って、益々な」


「……滝川さんの親父なんだろ?」

佐藤は頷いた。

「“金がらみ”らしい」

「だからって自分の娘を差し出すなんて理解出来ない」


「まったくだ。いつの時代の話しだよ」


男の方が滝川さんに、一目惚れしたと訊いている。

僕なら遠くに逃げただろう。


滝川さんと一緒の女性は、メイドさんだろう。
一人で外出するのは、旦那に禁止されてると、訊いたことがある。

息が詰まりそうな生活に思うのだが、滝川さんは大丈夫なのだろうか。


「ほら、槙野」

佐藤が紙皿に、何かを乗せて僕に差し出した。

「炙ったベーコンと、こっちはサラミ。
そしてチーズ4種。食ってみな」



「いいのか?」

佐藤は笑顔で、紙皿を手渡してくれた。

「じゃあ遠慮なく」


厚みのあるベーコンは、今まで食べたベーコンの中で一番美味かった。
香ばしさに包まれた脂の甘みが、口じゅうに溢れる。

燻製にしたチーズたちといえば、手が止まらなくなる。


「美味いなぁ。これ全部買ってくよ。バイト代が出たばかりだし。空腹に火が着いた」


「ワインも忘れずに」

「居酒屋で焼酎派の自分には、似合わないがな」

佐藤と僕は笑い合い、その場で別れた。



滝川さんの姿も、もうなかった。


学校で一番、美しい生徒。
そう言われていた。

小学生の高学年の頃から、スカウトや、芸能プロダクションからの誘いも多々あったらしいが滝川さんは、芸能界に興味がなかったらしい。


それとも親が反対したのか。
詳しいことは分からない。


彼女の親父も、今頃金に困ったからと、娘を中年男と結婚させるくらいなら、芸能界入りを薦めれば良かったのに。


勝手な妄想をして、僕は一人で腹を立てた。

好きだった。滝川さんのことが。
僕だけじゃなく、たぶん佐藤も。


半年が過ぎ、あの時は初夏のオープンマーケットだったが、12月からクリスマスマーケットと名を変えていた。


「久しぶりに佐藤に会って話しでもしたいな」
僕はそう思い、マーケットへと向かった。
佐藤は、居るだろうか。



「槙野くん。お久しぶり」

「久しぶり。滝川……石野原さん」

ベンチには彼女だけだ。
メイドさんは。


「メイドの秋田さんなら、
化粧室に行ってるわ」


「そう」


石野原さんは、フフっと笑った。
そして、こう言った。

「夫が相当な束縛者だと知れ渡ってるようね」

僕は黙っていた。

「本当のことよ」


「辛くないの?そんな生活」

「何故?幸せよ。ここまで私を
独り占めしてくれるんだもの」


「……」


「愛されたことの無い私を、
夫は束縛してくれるの。
あ、秋田さんが戻って来るわ」


石野原さんは、ベンチから、立ち上がった。

「親からも愛情を受けることも無く育ったわ。けれど夫は、私を24時間ずっと独占してくれる。ずっと私だけを見てくれる」


「お待たせ致しました。お嬢様。さぁ帰りましょう。
もう直ぐ旦那様の戻られる時間ですから」


「そうね。行きましょう。
槙野くん、さよなら」

そう言って、二人は並んで帰って行った。


僕が見た、潤んだ彼女の瞳。

それは悲しみには見えなかった。

やっと自分を必要としてくれる人に出会えた、幸せの涙にしか。


幸せの形は、人それぞれだ。

育った環境も、その後の人生も。


さてと、マーケットに佐藤を
探しに行くか。


今夜はワインじゃなく、やっぱり焼酎だろう。

自分は幸せだと言える彼女。


僕には彼女を幸せに出来なかっただろう。


クリスマスが近い。


      了


      




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