バベる 弓削 空の場合 1
「パンはパンでも食べられないパンはなぁーんだ?」
おいおい。高校3年にもなって投げ掛けたい質問かよ。
「食べられるパン以外のパン」
我ながら会心には程遠い解答だがまぁ良いさ。
「うわー。冷めた答え。ビシソワーズよりも冷めてやがるな」
「ビシソワーズって何だよ」
彼女とお別れして5ヶ月になる俺にとっては冷たいスープなんて縁の薄い食べ物だ。ここ最近はこの蔵木とのファストフードやラーメンみたいな、いかにも男子高校生然とした食事になってる。
放課後デートは青春の1ページをただ溶かすだけの日になってしまった。まぁ俺が悪いんだけど。
「弓削さ。彼女とあんな事になったからっていつまでも塞ぎこむなよ」
まったくデリカシーの無い奴だ。こっちの気も知らないで。
「ご心配どうも。まぁ5ヶ月になるから。まぁ…うん。大丈夫だよ」
「よし!ビシソワーズ食べに行こう!」
「まだビシソワーズに捕まえられてたのかよ」
ビシソワーズって実際食べた事無いな。彼女とも食べた事無かったし。蔵木のこういうズケズケしたトコロに救われている部分も多分にあるのは気付いている。
「ビシソワーズってさ…」
蔵木がさっきよりトーンを落として話し掛けてきた。
「ん?」
「フィギュアスケートか器械体操の技の名前感ない?ビシソワーズ!着地もしっかり決まりました!みたいなさ」
「蔵木って凄いよな。その発想?なに力っていうのか知らないけど何かしらの力」
「あれ?今俺褒められた?」
「褒めたワケじゃないけど単純に凄いなって」
「んー。自他共に認めるムードメーカーの俺でもさ。あっ。ほら例えばあれ見てみ」
蔵木の指差す方に目をやると街の大型のスクリーンに人気のあるアイドルが出ているコマーシャルが映し出されていた。
「この国の皆さんの健康の為に!BABEL診断を受けましょう!17歳。大切なこの時に!これからのあなたの為に!これからの誰かの為に!」
毎年見るこのコマーシャル。出ているのがアイドルだったり女優だったりするけど文言は毎回変わらない。まぁ大手の企業広告なんてこんなモンなのかな。
「このCMがどうかしたの?」
蔵木に至極真っ当な質問を投げかける。
「こういう有名人ってテレビとかSNSとかで少し何かするだけで良くも悪くも注目されるじゃん。対して」
蔵木はスクリーンから寂しそうに目線をこちらに向けて続けた。
「俺らみたいな一般人は小さい面白いとか小さい幸せをかき集めて生活するしかないんだよ。少しでも面白く人生を楽しむに発想力って必要だと思うんだよな」
面食らった。と同時に胸の奥にカッと火が付く様な熱い霧がかかる様な嫌な感覚が覆いか被さって来た。蔵木何を急にまとも過ぎる事言い出してんだよ。何だよ急に。ホントに何だよ。俺に発想力は欠けているのは自分で気付いているが見透かされた気がした。
「何だ急に。めちゃくちゃマトモな事言って」
焦ってしまった。早口気味に蔵木に言葉を浴びせた。
「なんだよ。焦るな焦るな。若い力を持て余してるんだな。取り敢えず飯行こうぜ。この前うどん食ったから今日は中華な」
蔵木は親友だ。でもこういう落ち着いてるトコロがたまらなく嫌いな瞬間がある。
「あぁ。任せる」
「ここからだったら近くに美味いトコあるから。行くぞ!いざ!ラーメン!」
歩き始めた俺と蔵木の背中にまだアイドルが語りかけていた。
「この国の皆さんの健康の為に!BABEL診断を…」