シェア
スイ
2023年3月26日 11:53
前の記事はこちら夫からの着信に気がついたのは、アウトレットモールの駐車場に車を停めたときだった。予想以上に早い連絡に心臓が跳ねるのを感じながら、それでも家を出てまだ2日。事務的な連絡なら別居に触れずに話ができるかもしれない。そう判断して電話に出ると、慌てたような間があり「ダスキンモップの交換が来てて…」と夫のうわずった声が聞こえた。集金に来ているなら2,000円の使用料を支払い、今後必
2023年3月21日 12:34
前の物語はこちらカギについていた「C2」を頼りにメゾン・ド・プラージュの中庭に足を踏み入れると、突き当り一番右にある1,2階がC棟であることがわかった。2階の玄関に「C2」の表示が出ている。レンガの階段を上がりドアを開けると、想像していたより広い部屋が広がっていた。奥にある大きな窓の向こうは海だ。車からニトリで買った荷物を運び、カーテンをつけたら部屋はすぐ住める状態になった。築43年だ
2023年3月19日 12:32
前の記事はこちら新幹線の駅近くにあるカプセルホテルに泊まり、翌朝10時にメゾン・ド・プラージュの近くに住むオーナーを訪ねた。電話でのやり取りはあったが初対面なので手土産を渡し、改めて最後の入居者が退去するまでのあいだ、住まわせてもらうことへの感謝を伝えた。「県外から来られたの?」と不思議そうにしたオーナーには、昔この近くに住んでいてよく海に遊びに来ていたことや、幼心に垢ぬけた建物がとて
2023年3月19日 12:20
前の記事はこちらハルとのおしゃべりがひとしきり済んだあと、ダメもとで家主に電話をかけてみると、「ちょうど今日クリーニングが入ったばかりだから」と明日入居の許可が降りた。日割りで家賃が発生するかもしれないが、新居で生活をスタートできるのはありがたかった。ハルには「またすぐ会おう」と伝えた。これからは車で15分ほどの距離にいられる。学生のときのようにしょっちゅう会えなくても、今はこの距離が心強
2022年5月21日 17:24
前の記事はこちらショッピングモールでの”事件”が起こったのは、メゾン・ド・プラージュへの入居を3日後に控えた休日だった。私は夫に何一つ相談せず、着々と転居の準備を進めていた。注文した食事を待ち続ける私を前に、自分の料理を平らげた夫を置いて店を出た私は、一旦バスで自宅へ戻った。夫からは何度もLINEで「どこにいるのか」とのメッセージが届いていたが、私はプレビューだけを見て返事は返さず
2022年5月7日 18:21
前の記事はこちら電話はやはり、メゾン・ド・プラージュのオーナーからだった。高齢であることは感じられたが、声にはハリがあったし応答もはっきりしている。「空室があるか知りたい」という私に、オーナーは不動産サイトにあった通り、老朽化のためにもう入居者は募集していないこと、2年後には更地にする計画があることを告げた。すでに入居者のほとんどは退去し、16室あるテラスハウスには3人しか残っていない
2022年5月6日 12:55
前の記事はこちらメゾン・ド・プラージュを管理していたのは、全国規模で賃貸物件を扱う大手の会社だった。「もう入居者は募集していない」という担当者に強引に頼み込み、オーナーにつないでもらう約束を取り付けた。「高齢なので、期待した返答が得られるかわからない」と渋る担当者に、どういう状況でも構わないからと、すぐに連絡をつけてもらえるように伝えて電話を切った。しん、としたリビングで電話をにぎりし
2022年5月5日 08:53
前の記事はこちら10代後半まで住んだ町を、Googleマップで見つけたのは2週間ほど前のことだった。漁村だった海辺の小さな町はすっかり姿を変えていた。夏、週末になると水着の上にワンピースをかぶり、浮き輪をかついで出かけた砂浜は、何年も前に護岸工事が完了していた。タコ壺がいくつも並べられたバラック小屋は、コインパーキングになっていた。考えてみれば当然のことだ。目の前にある島との間
2022年5月5日 08:48
ごちそうさま、と夫は席を立った。ランチに入ったレストランでオーダーから35分。私の前にはまだ何の皿も置かれていない。恐らく、店の人は忘れているのだろう。夫はその間、自分の目の前に置かれた食事を一度として私とシェアすることも、連れの食事はまだかと尋ねることもなく食べ終えた。同じことはこれまで何度もあった。無神経な夫に不満をぶつけたこともある。けれど今の私に怒りはなかった。いつもと同じ