読むひと
図書館に行くと、いつも見かける女性がいる。
淡く厚みのあるTシャツに、だぼっとしたデニムパンツ。足もとはグレーのスニーカー。
長い髪をうしろで1つ結んで、前髪は長く、うつむくと顔が隠れる程長い。
座っているのは、机が並ぶカウンタ―席。コロナ禍以降から、隣と木の板で仕切られて、ほぼ個室のようなところ。
本を読み終わると、書架をうろうろして、色んな本を読んでいるようだった。日本文学の棚の次は医学書、その次は歴史、その次は美術書と、図書館の本をすべて読むのではないかと思った。
或る日、その女性をスーパーで見かけた。
服装も髪型もそのままで、カートの上部に買い物カゴ、下にはエコバックを入れている。
無駄のない動作で、次々に買い物をしていき、あっと言う間に出て行った。
図書館ではずっと本を読んでいるのに、買い物はあっさりしているのだなと感心した。
また或る日は、病院の待合室で見かけた。
私は風邪と診察されて、受付に呼ばれるのを待っている時だった。
隣に座る高齢の女性が何か言うと、彼女は相槌を打っていた。
高齢の女性が看護師に呼ばれて、彼女は付き添うように診察室へと連れ立った。
それからしばらく、図書館で彼女をみかけなくなった。
秋になっても、冬になっても、みかけなかった。
忙しくなったのだろうか、それともたまたまタイミングが合わないのだろうか。
いつもいると思っていた人がいないと、妙に気になってしまう。
もしかしたら、本当に、すべての本を読んでしまって、別の図書館に通っているのかもしれないなどと思った。
数か月後、出張の帰り、新幹線を待つ時間に駅近くの図書館に立ち寄ってみた。
図書館の奥にあるテーブルに、見慣れた姿の彼女がいた。
新幹線で数時間の距離なのに、どうして……。
驚いて、つい声をかける。
「すみません、失礼なことを聞くのですが、○○図書館にいませんでしたか?」
彼女は振り返って、「あっ」と言った。
それから、頷いた。
「○○図書館にいました。引っ越したんです。あなたは、どうしてここに?」
彼女は私を認識していた。
私が見ていたのだから、彼女も私の姿はよくみかけたので覚えていたそうだった。
「私は出張で。新幹線を待つ間、本を読もうかと」
「お好きなんですね」
「ええ。ほどほどに」
彼女は、祖母の介護のために引っ越しをしたと言った。
祖母は病気になり、療養のためにこちらの病院に入院しているのだそうだ。
「もうすぐ退院で、そうしたらあちらに帰る予定です」
「そうですか」
「まだ、読みかけの本があるんです。こちらで取り寄せもできると聞いたのですが、帰ってからのお楽しみにしようと思って」
と、にこりと笑った。
「ここもたくさん本があって、おもしろいですよ。暇と思うことはありません」
どこかで小さな咳払いが聞こえた。
私たちの私語を咎めるように。
「じゃあ、時間が来たのでそろそろ……」
私が切り上げると、彼女も「また、あちらで」と言った。
数か月後、また彼女と図書館で再会をする。
今度は見知った人として。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?