景色のコトダマ Vol.9 風の景色
夏の盛りに、坂道がきつくなりました。
暑さのせい?
と思っていたけれど、どうやら違う。太腿を触ると明らかに筋肉が落ちている。長い自粛生活で、運動量が減っていたのです。
「自転車に乗ろう」
と思い、買いに行くとめぼしいものは「入荷未定」か「2ヶ月待ち」。誰でも考えることは同じのようです。
その分ゆっくり探すことができました。買い物に便利なタイプ。真っ赤なスポーツタイプ、国産、輸入品などあれこれ検討。決められない日が一月ばかり続いたのです。
そんなある日、二子玉川「蔦屋家電」のサイクルショップに水色の自転車が並んいました。台湾製の新色だそうです。
「しばらく自転車に乗ってないなら、安定感があって、買い物にもサイクリングに使いやすいタイプがお勧めですよ」
と言われて試乗することに。このお店は、公道をしばらく走らせてくれます。
その日は、晴れ。もう秋の空でした。松任谷由実さんの「残暑」。
♪ やがて雲は ちぎれながら 空色をふかめ・・・
という歌詞がぴたりとくる水色の高い空です。頭の中でこの歌を響かせながら、二子玉川の土手近くを走ってみる。自転車の色合いが、空に溶けていきます。久しぶりに味わう涼やかな風もうっすらと水色を帯びているように感じられました。
「景色の中で景色を観る」
それが俳句の極意だとか。この自転車の乗り心地は、この感じ。明るいブルーに溶け込みながら、風の中を走る自分が見えるようでした。店に戻ってすぐに購入手続きをしました。
人間が、一番脳を発達させる時期は、あかちゃんがハイハイを始めた時期だと、以前養老孟司さんに教わりました。前進することで、目の前の景色が瞬時に変わる。それに対応するように脳は発達を急ぐそうです。
リモートワークになって、ほぼ椅子から離れない状態。モニターの一点を見つめて一日中過ごしていた私にとって、水色の自転車は「ハイハイ」を促してくれる存在です。
目の前に開いていく水色の景色の中を走りながら、
深まりゆく2020年の秋を楽しんでいます。