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2023年1月11日

年末年始は異様に暖かく、大晦日のドイツの最高気温は過去最高を3.8度も上回る20.8度に達した。道端ではタンポポの花をちらほら見かけた。あいにく天気は悪かったため、自宅で過ごす時間が長くなり、久々に読書をした。
読んだのは英国の歴史家イアン・カーショーの近著『Personality and Power: Builders and Destroyers of Modern Europe』である。11月に街中の本屋で翻訳を見かけ、買っておいたのだ。2015年と18年に上梓された2巻本の欧州現代史(邦訳あり。『地獄の淵から』『分断と統合への試練』)が好著だったため、ためらわずに購入した。

この本は20世紀の欧州の歴史に大きな影響を与えた12人の政治指導者を取り上げ、個々人の力を超えた経済や社会情勢など巨大なコンテクストのなかで歴史の流れに決定的な足跡を残したことを叙述している。各人の来歴、権力掌握・政権獲得までの過程、指導者としての功績・悪行、レガシーが簡潔に記されており、ありがたい。
英国初の女性首相サッチャーのネオリベラリズムに基づく改革と、ブレグジットにつながる彼女の欧州懐疑論へのやるせない思いが行間からにじみ出ていることや、ドイツ統一を成し遂げたコールをベルリンの壁崩壊前に退任していれば凡庸な首相にとどまっていたと断定していることなど、読んでいて思わず笑ってしまうこところが多々あった。20世紀後半の政治家に対しては、同時代を生きてきたカーショー氏(43年生まれ)の評価が自然と出てしまうのだろう。

個人的に一番印象に残ったのは、首相になったばかりのチャーチルが1940年5月25~28日の閣議で戦争継続を強く主張し、閣僚の意思統一を実現したという話だ。当時の欧州はフランスを含む欧州のほぼ全域がナチスドイツの支配・勢力下にあった。英国は米国の支援も期待できない状況にあり孤立していた。
外相ハリファックスはイタリアの仲介でドイツと和平交渉することを提案していた。英国の軍事力を踏まえればこれは現実的な選択肢であった。しかも、彼は対独融和政策で有名な前首相チェンバレンの後継者と目されており、本人が辞退しなければ次期首相にはチャーチルでなく彼が就任していた可能性が高いのである。
仮にハリファックスが首相となり対独講和を選んでいれば、米国が参戦することはなく、欧州と世界のその後の歴史は大きく違っていたであろう。カーショー氏は「(英政府が)この屹立した意義を持つ決断を行ったことは大部分、チャーチルの功績だ」と断言している。

この本の伝記部分(計12章)は、章立て順に読む必要はない。ただ、最後の結論部は読み飛ばさないでほしい。ここを読むと、中露など独裁国家とポピュリズムの台頭で民主主義の基盤が揺らいでいることへの危機感が執筆の動機となったことが伝わってくる。現在のこうした情勢に関心のある人には有意義な本である。カーショー氏は日本でも人気の高い歴史家であるため、おそらく今年か来年には邦訳が出るのではなかろうか。

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