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【要約+感想】武器としての交渉思考 瀧本哲史

年末年始にまとまった数の本を読んだので、そのうち最も有益だった瀧本哲史さんの「武器としての交渉思考」について、私が重要だと思う部分を抜粋してサマリーしつつ、感想を添えるブログを書いてみようと思う。

多くの人とうまく連携するために必要な思考
人は一人じゃ大きなことを成し遂げられない。だから、会社だったり、時には会社の枠を超えたPJチームだったり、多くの人と連携しながら仕事をするのが普通だ。
つまり、性別も出身も価値観も異なる多くの人とうまく連携することが、大きなことを成し遂げる上で必要なのだ。
では、多くの人とうまく連携していくには何が必要なのか?
それこそが、「武器としての交渉思考」で書かれているお互いの利害を分析して調整することで合意を目指す交渉思考だ。

交渉思考とはどんなもので、どう活かしていけば良いのか?
以下に要約したので読んでみてほしい。

0.交渉の基本

この本での「交渉」は、

立場が異なり自由に意思決定できる二者が合意を目指してやり取りするコミュニケーション

と定義されている。

この本では「合理的に物事を判断する相手」と「合理的でない相手」の2パターンに分けて考えている。なぜ相手を分けて考える必要があるかというと、意思決定権を持った相手と合意するには、相手が「どういう考え方をする人か」を知り、分析することが重要だからだ。
どれだけ論理的で正しいことをこちらから伝えたとしても、相手が自分とは全く違う結論に達して合意できないことはよくある。
実際、私もこれまでコンサルタントとして働いてきて「自分の中では完璧なロジックを組み上げ資料を作り、意気揚々とプレゼンをしたが、相手の分析を怠ってしまったがために相手と合意できなかった」ことは何度もある。
今思い返しても、ロジックは通っていたし、間違ったことは言っていないかったと思うのだが、相手には相手の思考パターン(理論や事情や価値観)があり、綺麗事だけでは判断できないこともたくさんあるのだ。

相手がどんな思考パターンを持っているかを知ることで、合意できる可能性はグッとが上がる。だからこそ、相手の思考パターンに応じて、複数のアプローチを学ぶ必要がある。

一点注意しておきたいのは、人は合理的な部分と非合理的な部分を併せ持っている、ということだ。
交渉を学ぶ上でも、その両面に目を配っておく必要がある。
このサマリでは、合理的に物事を判断する相手との交渉思考のみを扱うが、非合理的な相手との交渉思考も知りたい人は、実際に本を読んでみてほしい。それでは、早速紹介していこう。

1.相手の利害に焦点を当てる

相手側の立場や利害関係を考えて、メリットのある提案をする
「自分の立場を理解してもらうこと」より「相手の立場を理解すること」の方が大切で、「僕が可哀想だからどうにかして!」ではなく「あなたがこうすると得しますよ」という提案をするべきなのだ。
あなたが採用面接の面接官だとして、「就職先がないので困っています。どうか入社させてください」と言う学生と、「××の強みで御社に貢献できます」と言う学生、どちらを採用したいだろうか?

相手の主張をよく聞く
利害関係が一見ぶつかっているような問題でも、うまく両者のニーズを満たす答えが出ることがある。
そのためには、「相手が欲しがっているものは何か?」「相手が妥協してもいいと思っているものはなんなのか?」を見極めて分析することが大切だ。
これを示す「オレンジをめぐる交渉」という有名な問題がある。

姉と妹が1つオレンジを巡って言い争いをしている。2人とも「一つぶんが必要なの!」と言って譲らない。しかし、数分後姉妹で無事分け合うことができた。なぜでしょうか?

正解は「オレンジの皮と中身を分け合った」要するに、二人が求めていたものが違っていたということだ。
このように、相手の主張をよく聞くことで、クリエイティブな合意ができることがある。

利益を探せる「落とし所」を探す
相手側の利害とこちらの理解が完全に対立していないときは、お互いの「重視する内容」と「重視していない内容」を明らかにすることで、互いのメリットを最大化させた落とし所を見い出すことができる場合がある。

ちょうどいい合意点を探す
交渉は「なるべく多く取ったもの勝ち」というゼロサムゲームではない。相手も納得した上で、ちょうどいい合意点を探すのが重要なのだ。
仮に何らかの方法で相手の意見をねじ伏せ、自分の意見を通したとしても、今後相手とビジネスを続けていく中で遺恨が残り、その後の関係性がうまくいかないことも十分考えられる。
つまり、勝ち負けだけを追い求めず、相手側のメリットを実現して、その中で自分もメリットが得られるような「合意点」を探していく必要がある。

2.バトナは最強の武器

複数の選択肢を持つ
バトナとは「Best Alternative to a Negotiated Agreement」の頭文字を取ったもので「相手の提案に合意する以外の選択肢の中で、一番良いもの」という意味。
例えば、不動産会社Aで家賃が10万円の物件があったとする。不動産会社Bでは家賃の融通が効くため、同じ物件を9万円まで値下げできるとしたら、あなたはどちらと契約するだろうか?
これが、バトナを持つということだ。
交渉において一番最初にやるべくは、できる限り複数の選択肢を持つことで、具体的には、目の前の交渉相手と合意する以外の選択肢を多く持つことだ。
その中で一番メリットの大きなバトナを把握した上で、目の前の選択肢と比較しながら交渉を行う、これが交渉の基本だ。

交渉は、相手のバトナと自分のバトナで決まる
交渉が決裂したとき、自分と相手にそれぞれどんな選択肢があるのか、その選択によって何が手に入るのか、で交渉は決まる。
例えば、毎年3000万円の売り上げを上げているあなたが、会社に50万円の年収アップを求めたとしよう。
あなたのバトナは、他の会社に転職して同じ売り上げを上げた場合に、いくらの年収アップが見込めるか、で決まる。
一方、会社側のバトナは、他の人を雇った時に同じ売り上げをいくらの年収で雇えるか、で決まる。同じくらいの営業スキルを持った他の人をあなたと同じ給料で雇える目処が立っているのであれば、会社は交渉に応じないだろう。
この例を見てわかる通り、相手のバトナと自分のバトナ、それが出揃った時点で交渉は決まるのだ。

相手のバトナを知るために、情報を聞き出す
相手のバトナと自分のバトナで交渉が決まるのだから、当然、相手のバトナについての情報を集め、それを分析することが肝になってくる。
相手の情報を集めるには「相手に直接聞く」ことが一番手っ取り早い。色々な提案をして、それがダメな理由を聞き出していくことで、相手の選択肢やバトナを捉えることができる。
また、バトナを分析するには「この交渉が決裂したらどうなるか」を考える。自分と合意する以外に相手にはどんな選択肢があるのか、そうすると何が起こるのか、そういったことを論理的に考えていくことで、
「あなたは、こちらの提案に乗らなかった場合、××という選択肢しかありませんよね。それよりは、私の提案の方があなたにとって有利ではないですか?」と提示していく。こちらが想定していたバトナが正しければ、合意できるし、間違っていれば新たなバトナの情報を得られる可能性が高い。
このように、「たくさん提案して、たくさん情報を聞き出す」ことが交渉の勝負所なのだ。

自分のバトナを増やすために、事前準備をする
バトナが良ければ良いほど交渉力は高まるので、より良いバトナを見つけておくことで、交渉時に有利な立場を取ることができる。
交渉が始まってしまったらバトナは増やせないので、事前に良いバトナを用意しておくことが超重要で、ほぼこれで勝負が決まるといってもいい。
例えば、転職なら複数の内定先を持っていれば本命の会社に対して強気にのぞめるし、賃貸物件であれば複数の候補を持っておけばいいわけだ。
また、最悪の結果になっても別の道がある、という心理的余裕が生まれ、不合理な合意を避けられるというメリットもある。

3.アンカリングと譲歩を使いこなす

最初の提示条件に注意する
アンカリングとは、最初の提示条件によって、交渉相手の認識をコントロールすること。提示されるとそれが基準と考えてしまう人間の心理を利用している。外国の市場などで値段を聞くと、相場の10倍くらいの値段をふっかけてくることがあるが、これもアンカリングで値切られることを前提に高い値段を基準としている。
例えば、本来100円のものも1000円だと言われ、その後半額まで値切って500円で買うと不思議とお得感があるのがアンカリングの作用だ。
自分が交渉を仕掛ける立場なら、相手をアンカリングして優位に交渉を進めるべきだ。こちらが提案を受ける立場なら、アンカリングではないか疑った方がいい。

「譲歩してもいい条件」だけ譲歩する
交渉では、相手の提案に乗るか乗らないかの二者択一、つまりゼロイチ思考に陥りがちだが、これではお互いにとってプラスとなる方向に持っていく建設的な交渉が成立しない。そこで「譲歩」という考え方を使う。
ただ、全てを譲歩してしまっては、最早それは交渉ではなく妥協だ。重要なのは、「譲歩してもいい条件」と「譲れない条件」を明らかにし、前者のみ譲歩することだ。この二つの条件を見出すプロセスは以下の3つだ。

1.争点を洗い出す
2.それぞれの重要度を決める
3.手段と目的を明確にする

これだけ見てもピンと来ないと思うので、具体例を使ってみていこう。

あなたはIT部門の担当者で、12月までに新たな人事システムを導入することになり、人事部との交渉を任されている。
新システムの導入により人事業務は大幅に効率化されるが、人事部長はシステム導入に否定的だ。なぜなら、システム導入時に人事部が多くの仕事をやらなくてはいけないからだ。人事部は、通常業務だけでも残業時間が多いのだが、システム導入によって、新しいシステムの要件をヒアリングされたり、使い方を覚えたり、システム切り替えに立ち会ったりしなければならず、残業時間がさらに増えることは確実だ。
そんな余裕は到底ないので、新卒を採用できる来年4月に先送りしたい、というのが人事部長の主張だ。
ここで、システム導入時期だけを論点にすると、議論は平行線を辿ってしまうだろう。ここで、譲歩の条件を見出すプロセスを使ってみる。

では、まずは争点を明らかにしよう。争点は以下の4つになるだろう。
 A)業務効率化
 B)残業時間
 C)システムの導入時期
 D)人事部の人数

次に、重要度を決める。重要度は、以下の表のように、それぞれの立場で決める。
               IT部門     人事部門 
 A)業務効率化           高         低
 B)残業時間            中         高
 C)システムの導入時期      高         高
 D)人事部の人数         中         高

次に、手段と目的を明確にする。これも、それぞれの立場で決める。
               IT部門     人事部門 
 A)業務効率化           高(目的)   低
 B)残業時間            中        高(目的)
 C)システムの導入時期      高(手段)    高(手段)
 D)人事部の人数         中         高

こうしてみると、あなたにとって重要度の低い「残業時間」や「人事部の人数」を譲歩の条件として提案してみることができる。
「人事部の人数」なら「システム導入の時期だけ人事部に派遣社員を採用する」とか、「残業時間」であれば、「現状業務で時間がかかっている集計業務のマクロ化をIT部門が受け持ち、現状業務を削減する」といった提案ができるかもしれない。
このように、交渉では相手の希望する条件をできる限り汲んであげながら、こちらの希望する条件を実現するためにはどうすればいいか、柔軟な発想をすることが求められるのだ。

4.感想

滝本さんの本は、実用性が高いだけでなく、読み物として面白い。それは、なぜか?
第一に、主張に意外性がある。これまで常識と考えていた内容とは異なる意外性の高い主張が見出しで展開されて「なぜそうなのか?」と疑問に思う。その疑問にバシッと答える根拠が論理的に展開される。そのため、読後に納得感が高く、気持ち良い読書体験になる。
第二に、全ての主張に体験談あるいは具体例がある。東大卒後、マッキンゼーに入り、その後エンジェル投資家となり、京大で教鞭もとっていた滝本さんだからこそ書ける、様々なシビアな交渉の体験談が書かれており、ハッキリいってサラリーマンからすると異世界だ。それだけで楽しめる。
第三に、文体が授業の語り口のような口語体で、読みやすい。これは、おそらく普段授業をされていることが大きな理由だと思うが、こ難しい言葉や言い回しを排除して、わかりやすく丁寧に、時に立ち止まって教えてくれる、そんな文体だ。
大学のキャンパスで授業を受けているような錯覚に陥るほど、徹底して「授業」なのだ。これが、読み物としての魅力に貢献しているはずだ。

私が滝本さんの本に出会ったのは2020年の末だが、興味を持って調べてみたら、滝本さんは2019年に亡くなっていた。
本の主張から伝わってくる天才としか思えない頭のキレ、圧倒的な洞察力、社会をより良い方向に変えようとする強い意志、大げさではなく、日本にとって惜しい人を亡くしたと思う。
一度、お会いしてみたかったし、授業を受けてみたかった。
ただ、こうして本が残っていることで、私たちは滝本さんの残したものを吸収して、未来へ行動することができる。そう考えると、やはり本という存在は偉大だな、と思うし、私がこうして要約や感想をインターネットに残すのも、何かの意味があるかもしれない、意味があるといいな、と思う。

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