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Somehow i like you

ある日、

友人が冗談ぽくわたしに…
「なんで俺といるの?」と尋ねた。

わたしは冗談ぽく答えた…
「理由や条件があったら
お前なんかと一緒にいない」と。

また友人は冗談ぽく応えた
「たしかに!お前みたいな理屈っぽいやつ合わないしね」と。

わたしは、
「ありがとう」と返事をした。

理由や条件(物質的)のうえで関係を考えることが
当然だと思っている間は、あなたの中にある不安は消えない。

なぜなら…じぶんがそう考えるなら相手も同じように考えてるに違いない!と思い込んでしまうからです。

「条件で見たらあなたより上はいくらでもいる」
つまり、替えはいくらでもいる。という思考が頭にのこる。そうなると…「じぶんは取り替えられるかもしれない…」という不安を紛らわせようと、相手にとって特別な存在にどんな手を使ってもなろうとしたり(コントロールする)、または自己肯定感が上がるべつの人とつながって不安を一時的に解消する。しかしまた不安は湧き上がる。これを無限に繰り返してしまう。


「Somehow i like you(どういうわけかあなたが好き)」と思えるような関係(精神的)が必要ではないか?
互いの価値観を理解し合う努力と経験を繰り返してふたりの歴史を築き、互いが"どういうわけか…"を持つことが大切なのではないか。


わたしは思う。

「どういうわけか…」
「愛」と名づけたのではないかと。

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