もう時間だから【短編】
もう時間だから
リクは母親と二人暮らし。
母親は仕事が忙しく、帰りが遅くなることがほとんどだった。だから、リクは学校が終わると、友達と外で遊んだり、児童館で過ごすのが日課になっていた。
リクの友達は、夕方になると「もう時間だから、またな」と言って家に帰っていく。リクはそのたびに少し寂しさを感じていた。
「もう時間だから」という言葉は、リクにとって憧れの言葉だった。
「帰ってきなさい」と言われているということは、家で誰かが待っているということ。家族が待っているということ。
リクの家では、夕方に母親が帰ってくることはなく、夕食は一緒に食べられても、過ごせる時間は他の家庭に比べて短い。時には一人で夕食を済ませることもあった。友達が羨ましかったが、そんなこと母親に言えるはずもない。
母親が誰のために遅くまで働いているか、リクにはわかっていたから。
ある晩、母親がいつになく真剣な顔でリクに言った。
「リク、お母さん、明日は少し早く帰ってくるから。だから、リクも明日は早く帰っておいで。」
リクはその言葉に胸が高鳴った。母親と一緒に過ごせる時間が増えることが嬉しくて、明日が待ち遠しかった。何より、母親が自分の気持ちに気づいてくれていたことが嬉しかった。明日はリクの誕生日だった。
次の日の放課後、リクは友達と遊んでいた。いつもなら、友達はみんな「もう時間だから」と言って先に帰るのに、その日はリクが自分からその言葉を言うことができた。
「今日は、もう時間だから、僕も帰るね」
リクがそう言うと、友達はみんな驚いた顔をしたが、すぐに微笑んでリクを見送った。
「うん、じゃあまた明日ね」
家に向かう道を歩きながら、「もう時間だから」と、リクは何度もその言葉を繰り返した。自然と駆け足になる。母親が待っている家へ早く帰るために。
家に着くと、リクは玄関を開け、母親の姿を探した。キッチンには夕食を作る母親の姿があった。母親はリクを見て、優しく微笑んだ。
「おかえり。今日は一緒にお祝いしようね。」
リクはその瞬間、心から幸せを感じた。母親と一緒に過ごす時間が、何よりも大切で特別なものだと改めて思った。
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