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従業員のてんかん既往歴の調査

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過去に祇園や池袋などで自動車の暴走による業務中の死亡事故が発生しましたが、事故原因の可能性の1つとして運転者が罹患していた「てんかん」が挙げられています。
当社でも従業員に社用車を運転させる事がありますが、場合によっては使用者責任を問われる事もあるそうですし、何より歩行者や従業員の身の安全が心配です。
新規採用者や既存の社員に対して既往歴の確認を行いたいのですが問題があるでしょうか? もしくは、どのような形で確認すれば問題無いでしょうか?

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まず、労働安全衛生法上の義務である雇入れ時の健康診断(同法43条)や定期健康診断(同法44条)の受診項目には「既往歴の調査」がありますが、この項目については医師がどの程度まで問診を行う義務があるか、もしくは労働者がどの程度まで医師に自己申告しなければならないか、といった具体的基準や指針は定められておらず、「(一般的に求められる)労働能力に支障のある病気に罹患した事があるか」という観点から、いわば形式的に問診が行われているのが実情のようです。

また安全衛生法違反は刑事責任を問うものですので民事上の責任を免れることはできず、「健康診断による申告がなかった」、もしくは「既往歴の確認が適切に行われていなかった」という事をもって使用者責任を免れると考えるのは危険です。

てんかんのような事故における使用者責任を回避・軽減するためにはご相談のような調査等が必要となるものと考えられます。

従業員に対する調査については、1)調査の自由 と 2)プライバシー保護 の両面から考えなければなりません。

まず調査の自由ですが、最高裁は「(使用者は)労働者を雇用するにあたり、いかなる者を雇入れるか、いかなる条件でこれを行うかについて、・・・・原則として自由に決定することができる(三菱樹脂事件 S48.12.12)」と判示しており、これに基づき採否の判断資料を得るための労働者の労務遂行能力や適性について、調査を行う自由も認められると考えられます。

ただし、この判示は新規採用に関するものであり、既存社員については既に日常の業務の履行により労働能力の保有が証明されている訳ですから同レベルでの調査を行う事は困難であり、問題が発覚したからといってただちに労務の提供を拒否することはできませんが、てんかんのように使用者が把握困難な特定の既往歴について、社用車を利用する者に限定し、労働者の安全に配慮する事を目的として定期的に調査を行うことには一定の合理性があるものと考えられます。

次に、プライバシーの保護の観点からみると、調査事項や調査方法によっては応募者のプライバシーを侵害する可能性もあるので、調査の自由も無制約という訳にはいきません。
近年、プライバシー権が以前にまして重視されており、B型肝炎やHIVウイルスなどの労働能力と関連性の薄い疾病についての調査に関して否定的な立場をとる裁判例(B型肝炎ウイルス感染検査事件、警察学校警察病院HIV検査事件)が目立っており、調査事項についてはかなり制約されるようになってきました。
また、職業安定法・指針や厚労省の行政指導においても使用者の情報収集については制限が加えられるようになってきています。

以上により、プライバシー保護に配慮した上で新規採用者、在職者問わず既往歴確認を行う事は可能であると考えます。

その際には以下に注意してください。

1)既往歴情報の収集・把握は人事部や直属上長等、その責任がある立場の者のみに限定し、収集した情報の管理は厳重行うこと

2)情報の収集は業務の目的達成や労働者への安全配慮、不安全行動による第三者への加害責任回避のために必要な範囲に限定し、これを超えるようなものは収集しないこと

3)調査の結果、問題が発覚したとしても対応を簡単に自己判断せず、専門家に相談すること(問題の性質によっては性急さは求められます)

 
最後になりましたが、祇園や池袋のような不幸な事故(原因がてんかんであるとして)を招かないためには本人の申告による情報収集だけに頼るのではなく使用者や上司による従業員の日常観察が重要と考えます。


このような問題が起こる前にはその予兆として「遅刻がちになる」「定期的に休暇を取得するようになった」「顔色がよくない」「生産性が下がった」等の「異変」が潜んでいると言われています。

そして、小さな「異変」に気づくためには、「普段の彼、彼女」をよく知っておかなればなりません。

使用者や上司は、日常の従業員の働きぶりや行動を良く観察し、小さな異変に気付く能力を研鑽するようにしてください。

〔三浦 裕樹〕

Ⓒ Yodogawa Labor Management Society


社会保険労務士法人 淀川労務協会



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