垂直に、伸ばした指のその先に。
真面目。
気弱。
抜け出したい自分がいる。
そう思っているあなたへ
♦︎思うようになってきた。
手紙のやりとりを通して嬉しい声を頂いている。
素直に嬉しい。その中でその人が「自分の価値を救い出していく」「隠れている自分自身を見つけ出し次に向かい進んでいく」その瞬間ほど美しい姿はない。この思いをわたしらしく何かの場に変えることができたなら、そう思うようになってきた。
♦︎巡らせてスマホ肩
血が巡るように細くゆっくりわたしの中を駆け巡りはじめたこの思い。それを巡らせながらこの記事を書いていた。肩や肩甲骨、腕が痛い。典型的なスマホ肩。苦痛を和らげ姿勢を正し伸ばそうと腕を垂直に上げてみる。昔やった体力テストの垂直跳びだ。あの頃に戻ったように手指の先まで思い切り伸ばし胸を広げ更に上げてみる。指先に触れる空気、そこに何かがあるのを感じた。
人間は天と地との創造物だ、どこかに融合される線があってもおかしくない。
「心と身体」「理想と現実」「なりたい自分となりたくない自分」わたしは今どのあたりを彷徨ってどんな「らしさ」を探しているのか。わたしは融合から創造されていく物なんだと想像の世界を楽しんでいたらそんなことを思い現実に戻された。融合線はあるんだろうな。
♦︎わたしが彷徨う理由
♦︎暑すぎる!
今日の一枚
名古屋は日本のど真ん中!……だからかな?
「熱田神宮」へ今日も行って来ました。
♦︎「人」と自分と抜け出したい
最近の課内に起きたある出来事について意見交換をしていたら「chiiさんはいつも正しい」そう言われた「あなたから見たらきっと本心はその逆でしょ」わたしは思った。会社に属し同じ課で同じ出来事を体感していても「人」それぞれの感じ方や言葉の受け取り方は違うものだと痛感する出来事だった。
そんな自分を客観的に観ているとルールに沿おうとするしどうしても良し悪しをつけたがる。
「それで最後は自分を責めるんでしょ」って心の中のわたしがいつも呆れたように笑っている。その自分と出来事を体験している自分の間にある空間があまりにもありすぎると「つらいな、抜け出したいな」って思う。
自分から抜け出せないんだろうか。そう思う時がある。それができたなら……それはどんな自分何だろう「自分らしさ」って何だっけ?また探し回りはじめるわたし。
♦︎垂直に伸ばした指のその先に
わたしは今までそれに精一杯だったから「自分らしさを感じていない」「触れていない」「気が付いていない」だけなんだろう。ようやくわたしは「今ここに在る」を見つけてわたし自身を救い出したのだ。これからは「らしさ」というわたしの価値に触れることをしてやりたいと思い感じていることに挑戦していこう。今までにはない「逆」を選択していく「やりたい」という思いを叶えて行く。そうしたら必ず「新しい自分」に出会える。その価値は今ここに在る「自分らしさ」というものだ。
「自分らしさ」とは、自分にとっての正解でもあるけれど自分にとっての正しさでもあるんだとわたしは思う。それはその時々によって変化して変わっていいもの。どんな形に歪んでいても不自然であってもかまわない。大切なのはそれを求めすぎないこと。過ぎてしまうと歯止めが効かなくなって破滅に向かってしまうから。大切な自分を見つけた「在った」のに見失ってまた「いなくなって」しまうのは耐えられないつらさだ。
自分の中にある矛盾や違和感を感じたら「その空間」にどんな自分が居るのかをよく見よう。きっと嫌だな、やめたいな、抜け出したいなと思っている「つらい自分」がそこにいるはず。どうしたらその自分が「楽になる」「つらくなくなる」のかをよく考えて「楽しい」を感じられる何かをやってみよう。「つらさ」を抱えていても楽しんでいい「つらい」からこそ「楽しい」を知ることが大切なんだ。手紙のやり取りからわたしはそれを学んだ。「人」と触れ合うことをするのが一番いい。それをするからこそ得る「新しい自分の価値」がある。
線がなくなり広がる空間
そこに何があるんだろう
そこにらしさがあるんだろう。
創っていくのはあなた
工夫して
楽しんで
それは神様から届く贈り物。
♦︎知っていくって簡単に
どうしてもモーニングが食べたくてお気に入りの喫茶店へ一人で向く。「自分自身から抜け出せるんじゃないか」と思ったわたしはいつもは入れないミルクを入れてコーヒーを飲んで楽しんだ。 まろやかな、少し甘いやさしい風味。おいしい!
選択を変えて行く
新しい自分と
新しい価値を見つけて行く
「知っていく」ってこんな風に簡単にできることを、「知った」わたしはこの日から無理をしてブラックのコーヒーを飲むことをしなくなった。
やっと自分に優しくできるようになったみたい。