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友人革命

「おなかすいたぁ」
「今日何食べるの?」
「うーん…決めてない」
「…春田屋いく?」

つい一週間前に「4.5月はご飯我慢する」と宣言したはずの私は4月初旬も終わらないうちに彼女を居酒屋に誘っていた。

いつもビールを頼む彼女と、いつもホット烏龍茶を頼む私。
正社員としてがんばる彼女と、フリーターでなんとなく働いている私。
ポジティブな彼女と、ネガティブな私。
私たちは全て正反対だ。
彼女はネガティブを表に出さない。重い話はしない。
昨年末に出会って親しくなってから、仕事終わりに何度かご飯に行った。「帰るのだりぃな」とオールしたこともある。
彼女と過ごす時間はいつも楽しい。
大人になってから友人を作るのは難しいことだと思う。
出会って4ヶ月で仲良くなった私達は正反対だが――正反対だからこそ、馬が合った。

我慢する宣言を覆してでも話したいことがあった。
人には少し話しづらい、大袈裟に言うと生き方について。今まで何も考えてこなかった、未来について。
話し終えた時、「この曲、今、聴いて欲しい」とイヤホンを差し出された。
MOROHAの革命という曲だった。
居酒屋の喧騒の中で真面目な顔をして差し出されたスマホに表示される歌詞に目を落とす。
「幕開けの夜」
聞いたことがあった。6年近い付き合いのある友人が、カラオケで歌った曲だった。

何より恥ずかしかった事
それを恥ずかしいと思ったこと
MOROHA「革命」

思わず苦い顔をしてしまった私に、紅茶ハイを片手に彼女はにやりと笑う。

「迷ってるってことはさ、もう決まってるんだよ」

革命を歌っていた友人は、やりたいことをやるために大学を中退していた。
心の中で「無理だよ」と思ってしまった私は、彼の行動力が羨ましかった。妬ましかった。
彼に感じた「無理だよ」は、私自身に向けられたものでもあった。

「あなたに出会ってから私変わったよ、ありがとう」

真面目な話だけど、と前置いて伝えた。
ネガティブは押し付けるもの、ポジティブは分け与えるもの。彼女が言った言葉だ。
押し付けられたネガティブが自分のキャパシティを越えていることに気付かずいつも話を聞いていたが、結局溢れたネガティブは、自分のそれに成り代わる。
昨年末から、それが少なくなった。
私のネガティブも、少なくなった。

ポジティブを分け与えてくれる彼女は眩しい。
身の回りであった楽しかったこと、嬉しかったことをにこにこと話してくれる。
いつも具体的に「あなたのこういうところ、すごくいいところだよ」と褒めてくれる。
褒められ慣れない私はいつも苦い顔をして「ありがとう…」と呟くのだが、それでも根気強く褒めてくれる。
人から肯定されても信じる事の出来なかった私が、褒めを素直に受け取ろうと思えるようになったのも最近の話だ。

自分を変えるのは難しい。人を変えるのはもっと難しい。
なのにこの短期間でそれをやってのけた私よりひとつ年下の彼女は、私が出会うべくして出会った人だった。

人差し指と中指を足に見立てて動かすと「トコトコちゃんだ」と喜ぶ彼女。
自分の顔が事故った自撮りを見て大笑いする彼女。
深夜の人のいない繁華街で肉まんを頬張り「おいしい〜!」と満足そうな顔をする彼女。
私の中の彼女はいつも笑っている。

「この間彼氏とピザパーティーしたよ。宅配ピザ頼んで」
「いいな、どこのピザ屋?」
「ドミノピザ。耳にチーズ入ってるやつ頼んじゃった」
「それ私理性が勝って食べたことない、あぁピザ食べたい。ね、今度真昼間にホテルでピザパーティしようよ」
「いいね!あのへんピザ屋あるかな」

「なかなか休み合わないけどさ、夏になったら終電で海行って花火したい」
「めっちゃいいじゃん、若い」
「まだまだいけるよ、余裕」

20代後半になってこんな会話をしているのは痛い、と思うのは彼女に出会うまでの私だろう。
20代後半になってもこんな会話をできる友人が出来た今の私は、とても居心地のいい世界に生きている。

「いつもありがとうございます!」
聞こえた店員の声を背に、2人で顔を見合せて笑った。

真っ暗闇の未来に描き殴る
蛍光ペンを求めて
半径0mの世界を変える
革命起こす 幕開けの夜
MOROHA「革命」

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