Post 2020の時代に見える風景とは
日本電産の永森会長といえば、一代で町工場を売上1兆円以上のグローバル企業にまで育て上げた創業者。ビジネスの才能やグローバル感覚については私などがコメントできる立場にはないが、自分はもちろん社員にもモーレツ型の働きかたを求める、いわば昭和の香りする経営者として知られている。
その永森さんが、昨夜放送されたNHKの番組インタビューの中で、「いま大事なことは、まず自分の命を守ること、次に家族の命を守ること、会社は3番目でいい」とおっしゃっていた。さらに、「これからは働きかたも、社員の評価のしかたも変わる。これまでは一緒に頑張ることを大事にして評価にあまり差をつけなかったが、これからは結果を評価して大きく差がつく形にする」とも。
今は10年に一度の会社を大掃除するチャンスなんだそうである。前回はリーマンショックのとき、このとき日本電産は徹底的なコスト削減やグローバルサプライチェーンの整備を行った。今度は、働きかたと評価のしかた、さらには下請け構造のサプライチェーンも一から見直すと。永森さんの目には、すでにPost 2020の世界が見えてきているのだなと感じた。
一方、世界中で苦境に陥っている航空会社は、各国の政府に支援を求めている。航空会社の減収率は半端なく、非常に多くの人員と資産を抱えているため、何らかの公的支援が入らない会社の生き残りは難しいかもしれないと言えるほどだ。
そんな中、フランス政府はエールフランスに対して、支援の条件としてユニークだが次の時代を見据えた注文を出した。
これもまた、すでに欧州の政治家や官僚はPost 2020の世界を描き始めているということだろう。いや、すでに描いてはいたが、様々なしがらみがあってすぐには実行できなかったことについて、リセットできるタイミングをうまく使おうということなのかもしれない。
すでにアナリストや評論家、そして先見性のある企業のマーケッターの間では「Post COVID-19」についての議論が盛り上ってきている。ただ、今のところはその多くは在宅勤務をはじめとした働きかたやそれに伴うオフィスや街のあり方、オンライン医療・教育などのビジネスチャンスといった面が中心のようである。
上記のような、これを機会に企業経営をあり方自体を見直すとか、業界のありかた自体を新しい価値観に照らし合わせて再構築をするといった、議論はあまり聞かれない。
ところで、今回、自然災害とは別の面で、我々の生活・社会にとって何が一番大切なのかを考えさせてくれるいい機会となった。自然災害の場合に優先すべきは、兎にも角にも生き延びるための食料とライフライン(水、電気、ガス、通信など)、そして住居である。
今回はライフラインは維持されている。欧米の都市が次々とロックダウンする中で、確保されたのは、まず食料と生活必需品の流通サービス、医療サービス、そして最低限必要な現金の給付だ。つまりは衣食住の確保だ。これらは、B2Cのサービスとして明らかなので、それ以外のB2Cサービスは全て停止されることになった。
これがロックダウンの本質である。日本はそういう意味ではロックダウンはしていない。
議論になるのは、理美容と健康維持のためのスポーツ、芸術・文化活動。これらは人間の肉体と精神を健康に維持するためのものだからだ。今回はたまたま密になるかどうかという別の尺度での判断が行われているが、衣食住の次に来るのはこれらだろう。
B2Bビジネス・サービスはどうだろう。ライフラインの維持のための、また最低限必要なB2Cサービスのために必要な、B2Bサービスは複雑に絡み合っているため、どれを止めてどれは動かすという判断が一律にはできないのが正直なところではないか。そのため、ホワイトカラーは在宅勤務にできるものの、現場については企業自身が判断するしかなかったのが現実だろう。欧米の場合は、いったんはほぼ全てを止め、その後に判断している節がある。日本は、部品が入ってこないなどの外的要因や、外出自粛への協力といった理由以外でのB2Bビジネスは止めていない。
Post 2020の世界でまず考えるべきなのは、B2Cサービス、業界の再構築だ。これは、交通、観光(宿泊、飲食等)といったそもそも業界がいったん消滅しかねない領域では、サスティナビリティを重視しした脱炭素社会として、新しい価値観で再構築するべきだろうと考える。
例えば、国立公園などの自然保護地域では、一日あたりの人数を制限したり、入園料を取って自然の再生・保護を重視するなどあっていいかもしれない。またインバウンドの旅行客も無制限に増やすのではなく、住んでいる人との共生をするための仕掛けとしてのコントロールを考えたらいい。そういう観光地こそが今後は評価されることになるのではないか。
B2Bのビジネスとサービスは、B2B2Cまでのサプライチェーンをきっちりトレース可能なトレーサビリティを確保することが求められるかもしれない。なぜならば、いざというときに動かさなければならないサービスと止めていいサービスを判別するためである。最低限のB2Cサービスを機能させるためのB2Bサービスは、自国でしっかりコントロールできるようにすべき、そのための社会資本投資をすべきだ、ということになるかもしれない。今回は、例えば医療用品について、それが明らかになった。
そして、もちろん働きかたやオフィスのあり方は変わるだろう。さらには、プロフェッショナルなホワイトワーカーは、会社という組織にも縛られる必要はなくなるかもしれない。
日本においては今のところ「外出自粛」で済んでいるが、欧米やアジア諸国においてはより強烈なロックダウン、さらには国によっては多数の死者を出したことで生死に誰もが向き合わざるを得なかった経験をしている。人々の価値観、社会や経済における価値や投資の優先順位は日本以上に大きく変化するだろう。
経済活動が本格化するにはまだ1年以上かかるだろうが、Post 2020の世界での価値観がどうなるかは、今から考え始めた方がいい。オンライン教育や在宅勤務、電子公共サービス手続きなど、遅れを取っているものは最低限やらないといけないが、それだけでは不十分である。
世界はその先の価値観による社会風景の構築に向かうはずだ。日本は、私たちはそこまでついて行けるだろうか。