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ほんとは君と眠りたかった

家からタクシーで1380円。
寂しさを埋めるための価格と考えると、安くも思える。

だって彼はいつだって、私を褒めてくれるのだ。

「メイクいい感じだね」
「その色のカラコンもかわいい」
「オレンジのリップも似合うよ」
「今日のワンピースもかわいいなぁ」
「ネックレスどこの?めっちゃいけてる」
「下着、今まで一番好きかも」

と、私の心をちょうど良い力加減で掴んでくる。

外を歩くときは必ず車道側にいてくれて、エスカレーターを降りるときは前に、登るときは後ろにいてくれる。眠るときは必ず腕枕をしてくれるし、私が眠くなるまでどうでもいい話に付き合ってくれる。私が寝たふりをすると、彼も安心したかのように寝息を立てて眠りにつく。

「好きだよ」
「いつでも会いにきて」
「ずっとそばにいるよ」
「もし何かあったら必ず連絡して」
「俺がそばにいるから」

そんな"その場限りの優しさ"に、私は1380円を払っているのかもしれないとすら思う。

それに今だって、私は彼の腕の中で、ひとときの幸せを感じている。別に恋愛感情はない。私が寂しいときにただそばにいてくれて、彼の寂しさも埋められて、お互いに都合の良い関係なのだ。

次に会う日なんて決めないし、外で会うこともないし、連絡だって会いたいときしか取らないし、踏み入ったことは聞かない。それが心地よくてちょうどいいと感じている。

彼氏がいるのにそんな関係を持つなんて理解できないと、君は思うだろうか。

でも君は私のメッセージに既読もつけないどころか、酔った勢いでかけた電話にも出ないからさ。

私だってほんとに会いたいのは君だけだ。

お酒に酔った勢いで甘えたいし、いびきを聞いて安心したいし、朝は「もう〜。そろそろ起きなよ」と少し怒られたいと思ってる。

どんな褒め言葉もあなたが言ってくれないと満たされなくて、腕枕だって寝たふりをせずに眠れるのは君しかいない。

関係は双方向なのに、気持ちは一方通行な気がして、それもまた寂しいって思ってるんだけど、そんな私の気持ちを君は知るよしもない。

今日だって、ほんとは君と眠りたかった。

都合の良い関係の彼の腕の中で寝たふりなんかせず、君の隣でぐっすりと眠り、朝はちょっとだけわがままを言ってベッドまで起こしにきてほしかった。私が無理やりベッドに引きずり込んで、そのまま二度寝しちゃって、もう日曜日終わっちゃうよなんて笑って言いたかったと思ってる。

でも、君が連絡をくれないから、満たしてくれないから、今日は寝たふりをして過ごすね。

明日は君と眠れますように。

#短編 #エッセイ #スキしてみて

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