最後に、一番きれいな私を見て後悔したらいい
仕事終わり、24時をまわって帰路につく。
クタクタで足も痛いし、ただただ疲れてるし、今すぐメイクを落としてベッドに入りたい。それに洗濯機だって回さないと、明日履く靴下がない。なんでこんなギリギリの生活をしてるんだろう。
寄り道なんかせずに家に帰りたいけど、肌がボロボロだ。
(ダメだ。このままじゃ明日を迎えられない……)
そう思い、近所の24時間営業のドラッグストアに入る。
ズラッと並んだフェイスマスクを前に立ち尽くす。
保湿に一番効果があるやつはどれだ? いや、ニキビ予防がいいのか……? トーンアップを狙って美白か……? 韓国コスメ流行ってるな〜。パッケージかわいいし、これは売れるわ。いやいや、そんなことより、結局どのマスクにする? と、10分ほど考え込んで、いつもよりちょっと値段の高い"なんか良さそう"なやつを手に取った。だいたいそんな感じで物事を決めてしまいがちだ。
柔軟剤も買っておこう。ふわっといい香りのするやつがいい。できるだけ香りは長持ちするやつで、嫌な匂いじゃなくて、自然で、私のいつもの匂いと馴染むようなものを選ぶ。
いつもより丁寧にメイクを落として、スクラブで肌をツルツルにして、トリートメントで髪の毛もサラサラに仕上げる。疲れてるのになにやってるんだ私は。この一時間で眠れただろうに。
"なんか良さそう"なマスクをピタッと顔につけて、明日の準備をする。
いつもより大きめのカバンで行こう。
だって、明日、彼の家から私の荷物を持って帰らないといけないから。
ま、でも、そんなに荷物は置いてないし、運び出すのに時間はかからないだろうな。
あっけないものだ。
私が「別れよう」と言えば簡単に終わる関係だ。
まだ言ってないから、どんな言葉が返ってくるかはわからない。でも優しい彼のことなので、否定することも怒ることもなく受け入れてくれるはずだ。
別れ話をしにいくのに、コンディションをばっちり整えてる私もどうかしている。それでも、最後に一番きれいな私を見せたい。
「別れたくない」と言わせたい。いや、言われなくてもいい。少しでもそう思わせたい。
そう言われたら、「今さら気づいたの?」と笑って、颯爽と部屋を出ていくと決めている。
去っていく私を見た彼が後悔するところも、荷物がなくなって寂しくなるところも、部屋に私の匂いが残って思い出してしまうところも、すべて想像できている。
まるで呪いのようだけど、せめてもの報いだと思う。
明日、一番きれいな私を見て、あなたは後悔すればいい。
#短編 #エッセイ #スキしてみて
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?