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香港のお葬式事情

お義父さんは大の日本嫌いでした。
私が結婚前は仕事を終えた私をKが迎えに来てほぼ毎日カレ親の家にご飯を食べに行きました。(当時はそれが香港の「普通」なのかと思っていたのですが、後に旦那の家文化だったと発覚。)

当時のお義父さんは重度の糖尿病でずっと家で半分寝たきり老人。

 毎回「こんにちは」と挨拶する私にお義父さんはいつも無反応。亡くなるまでにほんの二、三回私の挨拶に反応して片手を挙げて応えた他はいつも無視。

K達家族はそんなお義父さんの反応に無反応で、お義父さんは日本が戦時中に酷い事をしたから日本が大嫌いで反日感情がヒドいのだと私に説明するだけ。

そりゃ戦時中は確かに非道な事も行われた事実はあるでしょう。でもそれを理由に今目の前に本物の日本人がいるのに昔の恨みで一緒に憎まれるっておかしくね?と納得いかない気持ちがあったので、何とか「日本人」という垣根を取っ払って「息子の彼女」として、せめて挨拶くらい普通にしてもらえるほどにならないかな~と色々試みましたが、そうやってお義父さんと直接会話にトライするのをK達家族も「これ以上刺激しないで欲しい」的な雰囲気でした。

毎日カレ親の家に通い詰める状況が1年余り、結局お義父さんとは最期まで直接言葉を交わすことがないままでした。

私がKと結婚する前の年にお義父さんは亡くなり、香港で初めて出たお通夜とお葬式がお義父さんのでした。
戸籍上79歳、実年齢82歳。

以前の記事でも紹介しましたが、50,60年代に密航してきた中国内陸の人たちも香港政府がゆるゆるで香港に受け入れていた時代があったのです。

Kの両親は先に香港に来ていた親戚を頼りに香港に出てきたと言います。そして、そういう人たちは社会的に問題なくすぐに働けるように、実年齢よりもいくつか上に申請していました。

なので、お義父さんも3歳上にサバを読んでいました。

5月21日に亡くなり、6月6日にお通夜で7日にお葬式。
当時会社員だった私も有給取って参列しました。
香港は人口密度が高く、火葬場が圧倒的に不足しているので順番待ちで亡くなってからお葬式までの時間が長いのです。(その間冷凍保管)

葬儀場にはいくつも会場があり、それぞれの宗教によって全然違う形態で葬儀が進行されます。普通にキリスト教の儀式の隣で道教の葬儀、そのまた隣で仏教の葬儀が行われていたりします。

近年は多分、日本の影響で喪服的な黒服を着る人も増えましたが、当時は皆完全なる普段着で(ジーンズとか)上下とも黒い服を着ていた私は逆に悪目立ちしていました。

お義父さんの葬儀は道教でした。
葬儀会場の前に赤と緑のカラフルな家の紙模型が置いてあります。
天国で住む家だそうです(家模型は子供が紙で作ったような雑な造りです。)そして、これまた原色で作られた派手な人形(しかも笑顔)が位牌を置いた祭壇の横に立っています。(この人形も子供の手作り感満載ですが)
箱根駅伝のように「天国までの案内人」というタスキをかけて。

その前に直系家族の分だけ花輪台が置かれ、
「○○泣叩」と名前の下に故人を惜しむ悲しみが書かれています。

その祭壇の隣の小さなテーブルに尼さん4人が向かい合って座って、
別々の楽器を鳴らしながら歌を歌っています(お経らしい)。
しかも時々しか歌わないで歌の合間におしゃべりしています。

遺族は普段着の上に白装束を羽織った状態で、昔オウム真理教の実態が報道された時に信者がつけてたヘッドギアみたいな形のもの(紙で作って、ホッチキスでバチバチ止めたもの)を頭にかぶっています。そして祭壇の隅でひたすら死後の世界で使うお金を折りたたんで袋詰めしています。(何故かお義母さんは普段着のままでした)

(周星馳のテレビドラマ「蓋世豪侠」の中で、この周星馳が来ているのが、香港の白装束です↓↓)

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弔問客が来る度、進行役が
「一礼、二礼、三礼、遺族からの謝礼(字面の通り式に来てくれた事への感謝のお辞儀を返す事)」
と号令がかかり、それに従い位牌に三度、家族に一度
お辞儀をして祭壇前の焼香台にお香を三本ずつ差して供えます。

香港の葬儀場は会場奥には小さなガラス張りの部屋があり、遺体がご安置されます。弔問客はお辞儀の礼が終わった後は周りの状況を見ながら見に行けます。

決められた時間になると、真ん中にカラフルな紙で作った
張りぼての橋が出てきて、息子達(Kの場合は二人)が大の男二人で故人に見立てた人形を持って、ままごとのようにその人形に橋を渡らせます。
(三途の川を渡す儀式、わかりにくいですが、金の橋と銀の橋です)

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その周りを、さっきの手持ち無沙汰の尼達が楽器をジャンジャン鳴らしつつ歌いながら人形を渡し終えるまでぐるぐる回ります。

人形が橋を渡り終えると儀式終了。

こんな如何にも一回使い切りだからと割り切って作られたような子供の手作り的なハリボテだらけの、滑稽とも言える雰囲気の中、尼さん達はのらりくらりと經を読む(この後、私は何度か香港の葬儀に参列しますが、この時ほどやる気のない僧侶や尼は見た事がないです。)グダグダな緊迫感も悲壮感もゼロの雰囲気の中、何と、皆子供が大泣きするみたいに「あ~んあんあん!」と大声で泣いているのです。

すごい大声で泣いているのに、私が日本人としてこれまで見てきた、自分でも泣いてきた「泣く」様子と全然違うのです。皆泣く時に肩が震えない。鼻が赤くなることもなく、涙も流れてなく、慟哭というより、ただ声を出している感じ。泣き女ってヤツ?

哭泣の儀礼?

儀礼っていうか、お義母さんとか自分の夫が亡くなったのにどうして本当に泣かないでいられるのか私は理解できずに、私だけ泣かないKの辛さを勝手に深読みして所謂「マジ泣き」していました。(後日「誰でも死ぬんだから泣いてどうする」と素で言われ、それはそれで目からウロコでした。)

翌日はお葬式ですが、お葬式になるとほぼ身内だけです。
そして主には葬儀場から火葬場に送る出棺の儀式です。

「これから出棺いたします。蛇年と午年の人は横を向いて下さい」と声をかけます(干支は適当に書いてます)」コレは亡くなった個人と相性の悪い干支、またその年の運気が良くない干支の人は亡くなった故人の成仏にも、その干支に当たる人にもお互いによくないとされ、形式上見送れないという事になりますが、横を向く事で不参加、という事にするらしいです。

・・・と言うのはこじつけで、昔は故人の出棺を見ると故人の成仏の妨げになるとか何とか言って、参列者を俯かせたり横を向かせた間に、棺桶に敷き詰められた金目の遺品を道士たちがネコババし、そのまま棺桶の蓋をしてしまえば、もうその窃盗の事実は文字通り闇の中へ葬り去られる、というわけです。実際にそうやり口で捕まった集団も一つや二つではありません。

私もこの時、言われた年がちょうど干支の年だったので横を棺のお見送りの時は横を向いていました。

でも妊婦さんや、その年に身内に結婚などおめでたい事がある場合はホントに参列できません。これは「相沖(ションチョン)」といって「悲しい出来事」と「おめでたい出来事」が互いにぶつかり合ってお互いに縁起が悪い事とされます。

ちらりと見たお義父さんは、真っ赤な口紅を塗られて映画に出てくるキョンシーの格好をしていました。

「実際のお葬式がこの衣装だからキョンシーはあの恰好なんだ」と、あのキョンシーは映画の為に造られたものじゃないんだなという当然の事を改めて実感。

翌日火葬場でのお見送りが終わって、葬儀場に戻りそれから飲茶です。

昨日同様、さっきまで「おとうさん、どうして死んじゃったの、あ~んあんあん」と大声を出していた(どうしても泣いているようには見えない)お義母さんが挨拶も何もなしに唐突に「飲杯(ヤムプーイ、乾杯の事)」とお茶の入ったコップを高々と持ち上げて、後は賑やかな飲茶に変貌しました。

ちなみに香港では日本のように焼き上がったお骨を参列者で拾ったりする習慣はなく、係の人がかなりちっちゃい骨壺に詰めて納骨までどこかで保管される為、火葬場でお別れしたらそのまま納骨までお別れです。

余談ですが、この不思議なウソ泣きみたいな様子をそれ以降ずっと目にしませんでしたが、数年前、私の詠春拳の師匠のお母さんが亡くなった時、師匠もちょっと前まで私達と普通に喋っていたのに、道教の道士が「地獄の門を塞ぐ儀式」で七枚の皿をアクロバティックな動きをしながら木刀で一枚ずつ割っていく儀式の最中に突然、「おおおおおお~~んっ!」と雄叫びをあげたかと思うと、そのまま「おおおおおお~んっ」と言い続けました。

それで他の兄弟弟子たちが「師匠あんなに泣いて。うんうん泣いた方がスッキリしていいよ」と話しているのを聞いて、内心(アレ・・・泣いてるんだ・・・)と、またもや涙も流れないただの大声に呆気にとられ、突然の雄叫びに道士がビックリして皿割りの手元が狂ったりしないかとハラハラしました(←余計なお世話)

後はネットで調べれば出てくるような事ばかりですが、香港での葬式は、日本よりもずっとシンプルでお香典も葬儀場に置いてある封筒(ご自由にお取りください的に設置してあります)を使い、100香港ドル~1000香港ドルとかなり幅広いですが、必ず1ドル硬貨を同封します。101$、201$、301$・・的な感じです。

この1の意味は「こういう別れは一回だけ」という事で、日本人的感覚では親しい間柄ほどお香典の金額も多く入れると思いますが、私は悲しいお金は多くなくていいと教わりました。嬉しくても悲しくてもお金は要り用なのにな、と腑に落ちない気持ちになった事を覚えています。

でも、ウソ泣きあり、終わったらその足で飲茶あり、明るく故人を見送る香港スタイルのお葬式は暗い気持ちもホントに少し軽減してくれるような気がします。


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