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本のはなし(18)『たったひとつの冴えたやりかた』J・ティプトリー・ジュニア
こんにちは、いかフライです。
12月も終盤ですが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。
忘年会、クリスマス、お正月など、イベントが多い季節です。
外を歩くと寒さが身に染みて、マフラーや手袋が欠かせません。
来週は仕事納めをして、本をじっくり読んだり、部屋の片づけをする時間を作って有意義に過ごせれば、と思います。
note投稿が滞りがちですが、通勤時や就寝前に本を読み進めていました。
年を越す前に、お勧めのSF作品のあらすじやポイントをご紹介させていただきます。
今回ご紹介するのは『たったひとつの冴えたやりかた』(ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア著)に収録されている『衝突』という作品です。
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著者について
ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアは、男性名で活動をした女性作家です。
現代の視点から見ると、女性作家が男性名を名乗ることは珍しくありません。日本の学校の図書館に置いているような本を見ても、恩田陸さんや有川ひろさんなど、有名な作家がペンネームとして男性名を用いています。
「性別によって作品を判断されたくない」など様々な理由があると推測しますが、顔を出さずに活動をするアーティストが一般的になっている今日では、読者は何も違和感なく受け入れているかと思います。
ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアがデビューをしたのは1968年で、世間で女性であることが明らかになったのは8年後の1976年です。
現代とは状況が異なる中で男性作家としてデビューをし、SF作家として支持を得ます。女性であることが公表された後も変わらず人気作家として執筆を続けたことは、性別に関係なく、優れたSF作家として世間に認めらていた証拠であると思います。
『たったひとつの冴えたやりかた』に収録された3篇は、女性作家であることが公表された後の、1985年~1986年に初出されました。
あらすじと登場人物の紹介
『たったひとつの冴えたやりかた』に収録された3篇は、どれも骨太かつ夢中で読み進められるSF作品のため、どれもおすすめの作品です。
その中でも、筆者が一番夢中になって読んだ「衝突」をご紹介します。
SF作品にはよくあることかと思いますが、SFならではの用語(造語)が多く書かれおり、登場人物が多いため、読み慣れるまでに少し時間がかかりました。
そのため、主要な用語や登場人物をまとめてご紹介します。
あらずじを端的に言うと、「宇宙戦争をくい止めるための、人間とエイリアンの交渉の話」です。
『衝突』では、人間は「ヒューマン」、エイリアンは惑星の名前をとって「ジールタン」として書かれています。
ジールタン人は、ジールタンの東端にあるコメノールという地区がヒューマンに似た宇宙人に侵略されていることを知り、ヒューマンに対して敵意を持ちます。
実はコメノールを侵略したのはヒューマンではなく、〈暗黒界〉出身の別の人種である「ジューマノール」ですが、ジールタン人にとってヒューマンもジューマノールも見た目は変わらないため、探測任務で来たヒューマン船の乗り組み員に対して、疑いと敵意を露わにします。
『衝突』に登場する重要な人物は、ヒューマン船の船長・アッシュ、ジールタン船の艦長クリムヒーン、そしてヒューマン語を少しだけ話すことができるジールタン女性船員のジラノイです。
ヒューマン船がジールタンに着く前は、遠く離れたジールタンとヒューマンで起きた出来事が同じ時間軸で交互に書かれています。
ジールタンではジラノイを軸として話が展開するため、人間とは異なるエイリアンという目線ではなく、ジラノイを物語の主人公の1人として読み進めることができます。
人間側、エイリアン側の視点を交互に書くことによって、未知の生物であるエイリアンにも思想や文化があり、エイリアンの主張が存在することを表していると筆者は考えました。
現代に通じるテーマを書いた「衝突」
好奇心旺盛なジラノイは、ジールタン人が敵と見なし、会話すら拒んでいたジューマノールの言語を勉強します。ジラノイと艦長であるクリムヒーンが使うヒューマン語は、片言で1言ずつ区切られた言葉です。
探測船でジールタンに着いた船長のアッシュは、ジラノイと片言で会話をすることができますが、クリムヒーンからあからさまに敵意を向けられ、クリムヒーンの船に追われる形でジールタンを離れます。
もし、クリムヒーンがヒューマン船の船員を襲うことがあれば、ヒューマンとジールタンの宇宙戦争を引き起こしてしまう。
宇宙戦争をくい止めるための唯一の方法である「対話」で、アッシュ船長は頑固者のクリムヒーンに交渉を持ちかけます。
『衝突』を読んで、「エイリアン対人間」の話として書かれた裏テーマとして、「人間対人間」について書かれていると感じました。
SF作品は人間の本質を突くような作品が多いと感じますが、『衝突』も同じく、話を聴こうとしない相手の心を、対話によってどのように開いていくのか?が1つのテーマになっていると思います。
物語の終盤では片言の言葉によるアッシュ船長の必死の説得が続きますが、
切実に相手に言葉を伝えようとする必死さや緊迫感がテキストから伝わってきます。読者を引き込ませるアッシュ船長の説得シーンはぜひ読んでいただきたいポイントです。
また、小さな1つ1つの出来事が点となり、線としてラストシーンまで繋がっていることろにも、注目をして読んでいただきたいと思いました。
個人が思い付きで始めた些細なことでも、後に重要な転機となり得ることを、『衝突』を読んで感じることができました。
少し長くなりましたが、ご紹介をした『衝突』を含めて、『たったひとつの冴えたやりかた』は、夢中になって読むことができるSF作品集です。
休暇や気分転換のお供に、ぜひお手にとってみてください!