俳句チャンネル ~センス編~
はじめに
この記事では、YouTubeの「夏井いつき俳句チャンネル」で2020年6月21日にアップされた動画の内容について、整理していきたいと思います。
【センスは筋肉!】俳句にセンスって必要なの?という動画のタイトルに対して、『センスなんて必要ない!?』という挑戦的(?)な字幕ですねww
1.そもそも「センス」って?
『俳句にセンスって必要なんですか?』との漠然とした質問に対し、組長が『センスって何だ、と逆質問したい』と語る所から動画が始まります。
( 参考 )『明鏡国語辞典』より「センス」の辞書的意味のおさらい
センス [sense]
〔名〕
①物事の微妙な味わいを感じとる心の動き。 また、それを具体的に表現する能力。「-のいい服」「音楽的-に恵まれた人」
『ウィキペディア日本語版』より
センス
・Sense
・英語で五感の意味。
転じて、美的感覚や感性のこと。才能と似た意味である。
ここで、『センス0でも、作れます!』と帯に書かれている、夏井組長の本の「はじめに」から抜粋させてもらいましょう。
はじめに
「私にはセンスや才能がないから無理だよ」
(中略)
安心してください。はじめに強く言っておきますが、これらのイメージは大きな間違い!センスや才能がなくても、ちょっとしたコツさえ知っていれば、誰でも簡単に作れるのが俳句です。
こういう風な、芸事・趣味で「センス」という表現が用いられる場合、多くは『自分に備わっていない/足りない』という文脈で登場する気がします。
ちょうど、ことわざの『隣の芝生は青い』に近い“羨望”のニュアンスが多分に含まれてる気がします。
そしてこの『隣の芝生は青く見える』という立場からすると、どの段階にあっても『上がある限りその羨みが止むことは無』さそうなものです。
動画の中では、
・感性がないから~ (→俳句ができない)
・語彙がないから~ (→ 〃 )
・教養がないから~ (→ 〃 )
このあたりのことを総称して「センス」と言っているんじゃないか?という仮説のもと、動画は進行します。
2.本当に必要になるのは「プロ」になってから??
夏井組長いわく、
『必要になるのは、俳句を、富士山に例えたとしたら、富士山の【9合目】以上まで登った人にとって初めて影響してきます。
ちゃんと俳人として、俳句作家として立っている(=自立)、色んな所から仕事の依頼が来て、作品を発表して句集も出して作品も評価されている。そこらへんまで来ると、語彙とか教養とか感性とかってのが、あったに越したことはない、になる。』
『8合目、9合目まで登った人じゃなければ、そんなの関係ありません。』
と、バッサリ。俳句のプロでも無い限り、本当の意味での『センス』は求められない、というのが組長の見解です。
ただ組長も「九合五勺」ぐらいに登ってから下りて手招きして下さっているタイプのお方ですから(笑) これ、スポーツ(部活)に置き換えると、
『プロ選手の一軍』で活躍するようになるまで、本当の意味での「センス」は必要ない。
的なことに近い論調かと思います。
確かに、『本当の「センス」は、プロ一軍の中でも活躍するような一流選手に求められるものであって、お前達には「センス」なんて必要ない!』などと鬼コーチに言われてしまうと、確かにそうかも知れない! と言いくるめられてしまいそうです。
でもですよ? 例えば、少年「ソフトボール」クラブなんかを想像した時に必ず誰か「アイツ、センスあるなー」とか「俺センスないのかな」とか言う会話がなされると思うのです。
そんな時に使われる「センス」って言葉、(普通の町内クラブであれば、)プロになれる程の才能溢れる子は殆どいませんよね?
ですから、動画冒頭の質問者もですが、「センス」と表現しているものは、もう少し卑近な所にあるんじゃないかと思うのです。
それこそ、運動音痴だった私が思う、ここで言う「センス」とは、例えば、『運動神経』などに置き換えられるのではないかと思うのです。ちょうど、『俳句神経』とでも言い換えましょうかww
3.断る方便(言い訳)としての「センスない」
さて、まだ俳句を全く始めていない人が『私、センスが無いから』と言ってきた場合、何を指すか。
正人
「むしろ体験談的に言うと、こういう質問されるのって、お友達とかと話してて、『貴方も俳句どうですか?』って薦めてくれた。それを断る時の…」
組長「断る方便だよ、これ!
やりたくない時の、断る理由探しじゃない?これー。」
ここは同意です。恐らく、全く始めてもいない段階で、しかも俳句を詳しく知らない段階で「センスがない」と言ってきたら、『もっともらしい口実』だと思って良いでしょう。 “去る者は追わず” で良いと思います。
4.初心者が言う「私、センスない」
では、先程のスポーツクラブで喩えるならば、『(入部してはみたけれど)私、センスないのかなぁ』って仲間から相談されたとします。
これに続く、根底にある真意は『辞めようかな』って思っているのかも知れません。 せっかく始めたのに……。
例えば、『プレバト!!』の俳句名人・特待生にしたって、昇格に至るまでの道のりは様々です。
2回目 村上健志、鈴木光、春風亭昇吉
の3名(現行制度定着以降)のように、僅か2回で「特待生昇格」を決めた方が居る一方で、
10回目 柴田理恵
11回目 河合郁人
14回目 千原ジュニア
18回目 北山宏光
などと10回以上挑戦して、或いは「才能ナシ」も経験しながらも、諦めずに俳句を作り続けた結果、特待生の座を掴んだ方もいらっしゃいます。
最長のスロー出世となった「北山宏光」さんは、才能アリ7回、凡人5回、才能ナシ6回という成績。初挑戦は最下位13点でしたし、特待生昇格前2回連続「才能ナシ」だったりもしました。
それでも諦めずに18回も挑戦し続けたからこそ、才能アリを7回も獲得し、特待生昇格を果たした訳です(番組だから、少し状況は違いましょうが)。
同じく初登場含め10点を2回獲得したことのある【千原ジュニア】さんは、今や名人に昇格していますし(コツコツ)、
21回挑戦して、凡人12回、才能ナシ8回だった【二階堂高嗣】さんも、22・23回目と2回連続「才能アリ」を獲得するまでに成長しました。
芸事ですから、得手不得手も当然ありますし、稽古している中で紆余曲折もありましょう。しかし、『継続は力なり』を体現した特待生たちが居ます。『もうちょっと続けてみない?』と励ましてみては如何でしょうか。
何度も転んで擦り剥いても、練習を重ねている内に『自転車に乗れる』ようになって、案外、『一度コツを掴んだら』かも知れません。
5.俳句は「筋肉(筋トレ)」!?
そして、「俳句にセンスなんて要らない」と熱弁する組長が、最終的に至る境地が次の言葉でした。
組長
「俳句はセンスとか感性とかそういうんじゃなくて、もっと泥臭いと思う。「(俳句は)筋トレ」。俳句って続けていったら否応なく筋肉ついてくるからー、辞めた人はすぐ落ちるでしょ?」
ピアノとかで特に良く聞く話です。
「毎日続けることが大事」で、一日でもサボるとそれだけで腕が鈍る、と。
もちろん、2回連続才能アリで特待生になる様な「センスのある人」も居るでしょうが、我々大半の一般人は、もっと泥臭く、『バットの素振り』や『筋トレ』をサボらずに続ける事が上達への近道だと肝に銘じるべきです。
なんて言うと、苦行を強いられるかのように思えてしまいますが、
正人「筋トレは、着実に自分の身に結果が反映されるのが楽しい。」
組長「俳句もそれだよ。続けたら筋肉が付いて、筋肉が付くと、
悩まずに俳句が作れるようになる。 だよね?」
と。 最初の1句を作るのには相当な勇気と労力が必要でしょう。しかし、続けていくにつれて、勇気や労力が逓減していくのではないでしょうか?
最初は数回やるだけでシンドかったトレーニングも、自分に嘘をつかずして筋トレを続けていくうちに『少しずつ余裕』になっていくものでしょう。
もちろん、「他のスポーツやってた」とか「筋肉が付きやすい体質」とか、始める前のアドバンテージはあるでしょうが、いざ始めてしまえば、続けることの重要性こそが大事になってくるものだと思います。
組長
「センスとは美しい思い込みに過ぎない。俳句にはセンスが必要だという美しい思い込み。俳句に必要なのは、歩き続けるというその思いだけ。」
「孤独に歩き続けたら長続きしないから、誰かと一緒に歩いたりとか、時々褒められてラッキーって思うとか、そういうのを糧にしてとにかく続けりゃあ、後になってセンスらしきものが付いてくる。俳句は筋トレ説。」
6.「俳句・筋トレ」ノススメ
組長は「歩き続けることが大事」と言った後に、正人さんは「歩いていれば必要最低限の筋肉は付く」と仰って(彼なりに)励まして下さいました。
何かしら運動をしていれば、しないよりかは幾分マシになるように、俳句を作ってく内に一定の上達は見込めるんじゃないかと思います。ある程度は。
ただ、我流でやるよりも、「筋トレをジムで」「球技をコーチに」教わった方が、コスパ良く上達が見込めるんじゃないかって気がしませんか?
(※)もちろん独学で行けるところまで行ける人は凄いですが、
それで上達しきる人は、ほんの一握りだと思います。
それこそ、手近なところで言えば、「夏井いつき俳句チャンネル」および「俳句集団いつき組」は、『俳句を続ける』のに適していると思います。
また、自分一人で学習するのが好きならば、以前ご紹介しましたが、組長著の初心者向けの本や、その次のステップ『20週俳句入門』がオススメです。
ここまで言ってきたのは、単なる自分の記事の宣伝ではなくてですねww
初心者が『青く見える隣の芝生』≒「センス」というのは、むしろ、『型』とかいう「基本」であることが多いのだと思うのです。ちゃんと基本動作をマスターすることが上達への近道であり、それを会得することで「センス」のようなものが結果的に身につくのではないか、と思うのです。
・ソフトボールクラブで「センスがある」と憧れられている子 もきっと、
・ジムで重たいダンベルを上げてる人 もきっと、そして、
・自分の周りでセンスのある佳い俳句を作っている句友 もきっと、
(教わったか、我流で会得したかは別にして)
『基本の型』を自分よりもマスターしているのではないでしょうか?
そしてその積み重ねが「センス」だと形容されてるのではないでしょうか。
7.まとめ
おそらく、動画の冒頭で『自分にはセンスが無い』と仰っていた質問者は、『継続は力なり』という言葉を信じて、続けることが大事だと思います。
そして、もし可能なら、ちゃんとした教えを乞うて『基本の型』を一つ一つマスターしていけば、いわゆる『センス』が、少しずつ手に入っていくんではないかと思います。
結構、今回の動画は全部で7分、うち3分近くが本筋とは関係の話題ということで、質問者の「かゆい所に手が届いていない」様に感じたので、私なりに考えて補足させてもらいました。私の記事を見ているか分かりませんが、もしご覧でしたら参考になさってください。
(参考)クイズの作問と「センス」について
ここからは、「俳句づくり」というより「クイズ作り(作問)」について。
私も、自作の問題をVIP板のクイズスレで定期的に出題する様になって5年になりますが、時々、私の作ったクイズ達を「好き」とか「センスがある」とか褒めてもらえる時があります。
でも、私の作ってきた問題の多くは「センス云々」ではなく、『基本の型』というか、クイズの魅力を引き出すための技法に、忠実に沿って作っているだけです。
真似してもらえれば、少なくとも私と同等ぐらいのレベルにすぐ成れるような「公式」を皆さんと共有できたらな、と思っています。
↓ 本当に「センス」ある自作クイズという点では、プロのクイズ作家集団である『クイズ法人カプリティオ』の皆さんの動画などをご参照下さい。
(参考)「クイズ作家が本気のクイズ対決4」
「不動産広告かと思ったらクイズの問題だった【マンションポエム】」
俳句もクイズ作問も、本気で突き詰めると奥が深いものですが、素人レベルであれば『基本の型』を抑えて、それに忠実に作るだけでも、それを会得していない人などからは「センスがある」と思ってもらえるはずです。
(こうした点からすると、『基本の型』の持つパワーは凄いと思います。)
俳句もクイズも、『基本の型』を一通り抑えてみるのも良いと思いますよ~