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やはりケーキにしておけば
風鈴はこの位置がいい
芯がやたら折れる
ハンドルカバーが曲がっている
平日休みの特権を探す
ニュースは観ないようにしている自慢
用紙が今ここで切れるとは思わなかった
初めて聞く名のお酒を頼む
そういえば木曜日だ
毎日いる店員が居ない
プラスドライバーでは開かない
でも軽油ですら高い
ごはん派なのにパンを買う
一曲目はお願いしますと後輩に言われる
この映画は観てしまう
歩いたほうが早いのはわかっている
水やりを忘れた
去年の御守りが出てきた
気になったままの店を通り過ぎる
鮭ほぐしみたいなやつを買う
温かいお茶で
ウェルカムドリンクがお茶であり、季節に関わらず温かいか冷たいかを選ばせてくれる飲食店がある。夏は店内が涼しかったり、冬は暖かかったりする。私は着席したときの気分で店員にどちらかを応えるが、毎回当たり前のようなこのやりとりに不思議な安心感みたいなものがある。なぜ不思議なのか。それはマニュアル通りに接客していて、真心みたいなものを店員に感じないからということに気づいた。確かに自分以外の客の様子を伺い見ると、なぜそんなことを聞くのだ?と言わんばかりの態度で「冷たいお茶」と言っているのを目の当たりにする。この一連の流れが店員にとっての日常であるならば、マニュアルで然るべきであり、真心が込められていないことにも納得がいくので妙に安心するのである。そして私は今日も季節に関わらず注文をする。「どうか温かいお茶で」。
度が入っていない
読むつもりでそこに置いた
現像待ちのフィルム
コンビニにしか売っていないお菓子
デジャヴの逆は何と問う姉
話せばわかると父が言う
プリント待ちのネガ
もう20分も経った
焼いてあれば大丈夫
思ったより早く終わった
やはりケーキにしておけば
鍵が開かないのではなく掛かっていた
新しい腕時計が欲しくなる
あそこを右折したはず
チャージしなくてもいける
音が出ないという不安
運ぶだけのロボット
久々の大阪なのにチェーン店
残高が少ない
縮まないセーター
何年も着ているはずのセーターは、買ってから何年経ったかわからない。新しいセーターは増えていくのに手放すことを考えず、ただずっとそこにいる。すぐ横に置いてあった複数の冬用ズボンは入れ替わっていくのに、お気に入りのジーンズといつも隣り合わせのセーターは、変わらずずっとそこにいる。一見寂しいようにも感じるが、大切にされ続けていると考えることもできる。しかし物には感じることも考えることも天からは与えられていない。衣服として存在する魂の本望が消耗していくことであるならば、大切にされ続けていることは不本意であるに違いない。繊維が折り重なってセーターと名の付く物に姿を変えて存在している以上は、セーターとして消耗して縮んでいくことで役に立ち、通過していくことが何にも代え難い幸福であることは、オーナーも自覚している。
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あとがき
お察しの通りこれは「まさかジープで来るとは」に影響を受けて200ページ辺りまで読んだあとに書きました。 のこり200数ページをあえて残したまま、本作品がこのあとどう展開していくのかワクワクした気持ちを利用して、というよりは自分の目に入ってくる面白さを抑えきれず、アウトプットしながらでないと先に読み進めなくなってしまったので、読んで受けた感性のまま、同じフォーマットで素人の自分もやってみようとnoteに記録してみました。言葉と日常の面白さに気づかせてくれる作品だと思います。最後まで読み終えたあともこの感想はきっと変わらないと思うので、おすすめさせていただきます。
このnoteを書き終えた段階で本作品をまだ全部読んでいないので、一文字も違わずにモロ被りのネタがあるかも!という淡い期待を抱きながら読み進める楽しみがさらに増えました。早く最後まで読みたい!