またワンカンしよう
最近の若者は付き合いが悪い。
そんな言葉をよく聞く。
あながち間違ってもないと思う。
会社に入って3年目の年に、やっと直の後輩ができた。
それまでは、チームリーダーとしての仕事をはじめ、本当は後輩に任せるような作業まで、全てを一人でやってきた。
他の部の同期には下がついてるのに、なんで自分だけ..と理解できなかった。
入社してきたその子は、真っ黒のコーディネートに身を包み、少し気怠そうな印象だった。
秋元梢や小松菜奈に憧れていそうな感じ。
仮にブラックちゃんと呼ぼう。
その子が仕事ができるかできないかなんて、正直気にしてなかった。
やっと仕事を分担できる、それだけ。
いざ今まで一人でやってきた仕事を誰かと一緒にやるとなると、効率がとても悪かった。
教えながらやるんだから当たり前だけどストレスだった。
あー。
やっぱ大変でも一人でやる方が楽だし早いな、と思い始めた時。
ブラックちゃんが初めて、分からないことを僕に尋ねる前に自ら考えてやっている姿を見た。
ほー。
今までの業務では感じたことのない気持ちだった。
もしかしたら、僕がこういうことを感じられるようになるまで、会社は後輩をつけないでいてくれたのか?
いや、そこまで深いことは考えてないだろうな。
僕らの業界は少し古くて、仕事終わりに飲みに行くことが多かった。
もちろん毎日じゃないし、断るのも全然OK。
だけど、参加する子は先輩から可愛がってもらえる。
1年目の時は飲み会に参加するから可愛いなんて、先輩も大人らしくないなと思っていた。
でもいざ自分が先輩になると、後輩が飲みの誘いに乗ってくれたり、反対に飲みに行きたいと言ってくれると、可愛いなと思った。
だからこれは仕方がないんだと思う。
いつものように、先輩が「よし行くか」とお酒を飲むポーズをする。
「行きますか」と僕が答え、他数人も「どこ行きましょうか」と話している。
先輩が「せっかくだから新人も行くか?」とブラックちゃんたち新人の席を見る。
「すいません、今日は..」とブラックちゃんは即座に答えた。
それからと言うものの、どの先輩の誘いも全てブラックちゃんは「すいません、今日は..」と言って断っていた。
僕は考えた。
新人歓迎会には参加してたよな。
でもその他の飲み会に参加している所をあまり見たことがない。
あまり、というか、ない。
そして直の先輩と後輩の関係である僕も、サシ飲みはおろかグループで飲んだことすらなかった。
そして思った。
もう誘えない..
先輩の誘いをあんなに即座に断る姿を見ているのだから..
先輩の立場になって知った "後輩を誘う前の恐怖" だ。
まだ暑さが残る9月のことだったと思う。
僕らの仕事は夏がかなり忙しいが、その忙しさが秋まで残りそうだった。
夏の疲れもまだ取れていないのに、次から次へと新しいことが始まる。
流石に頭も体も疲れていた。
リフレッシュという名の、傷の舐め合いや愚痴を言い合うだけの、無駄な時間が必要だった。
ただこれは、同じ辛さを共有してるものとしかできない。
つまりブラックちゃんと、ということだ。
仕事終わり意を決して誘ってみようと思った。
最近覚えた若者言葉で。
ワンカンする?
ブラックちゃんは「いいですね、ワンカン」と笑顔を見せてくれた。
ワンカン = 1缶
そういうことか!
きっと先輩方との飲み会でダラダラなるのが嫌で断ってたんだ。
コンビニで缶ビールと缶チューハイを1本ずつ買い、ベンチに座った。
カシュ。
「乾杯」
初めての乾杯だった。
一口飲む。
何話そうかなと考えていたはずが、ありきたりな質問が口から出ていた。
「仕事どう?」
「ちょっと同期との差を感じてます」
そう答えるから僕は間髪入れずに否定した。
「頑張ってるの分かってるし、どんどん成長も見えてるから、周りと比べて焦らないでほしい」
1年目は誰もが経験してきてる。
そして誰もが同期と自分を比べたことがある。
でもその先にいい答えはない。
だから僕の下につく後輩には、まず目の前のことがしっかりできる人になってほしかった。
そうすれば少し先のステップに進める。
その時にはきっと比べるという概念はなくなるはず。
でもこんな熱い話をされてもうざいよなと心の中に留め、2口目を飲んだ。
するとブラックちゃんが口を開いた。
「先輩が大変なの見てて分かるから、本当はもっとやれることないかなって思うんです。自分がもう少しできたら先輩を楽にできるんじゃないかなって」
あまり人のことを考えなさそうな後輩が、実はそんなことを考えていたなんて。
何よりも驚いたのは、自分が1年目の時に考えていたことと、まさに同じだったことだ。
長めの3口目を流し込んだ。
「ありがとう。でもそう思ってくれるだけで嬉しいから、これからも一緒に頑張っていこう」
と返すと、心なしかブラックちゃんのチューハイを傾ける角度が大きくなった気がする。
そこからはくだらないことを延々と話してた。
愚痴や不満、笑い話、明日には覚えてないかもしれないような、くだらない話。
今までなぜ誘わなかったのかと後悔するくらいだった。
最後の一口。僕らはたぶん無言だった。
ワンカンの寂しさとエモさ。
最近の若者は付き合いが悪い。
そんな言葉をよく聞く。
でもあれから僕らは普通に飲みに行くようにもなったし、リモート飲みもしている。
先輩が付き合い方を考えてあげたり、固定概念を取っ払って歩み寄ることで、後輩の先輩に対するイメージも変わるのかもしれない。
最初で最後のワンカンからもうすぐ1年。
僕は少しだけあの日が懐かしい。
1缶を大事に飲むあの空気感。1缶の名残惜しさ。
リモートワークが解除されたら「飲みに行こう」とは誘わない。
画面越し以外で久しぶりに会うから、また関係値が戻ってるはず。
だからきっと意を決して誘う。
「ワンカンする?」
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