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あなたと仕事がしたかった


毎日投稿と銘打って始めたnoteですが、週末は更新できませんでした。

久しぶりに出社したので後輩をご飯に連れて行ったり、同期の誕生日を祝ったり、上司の送別会があったからです。

今日はその中でも上司の送別会のことを。


リモートワークにも慣れ、楽しささえも感じ始めた頃、会社から発表があった。ある上司が会社を辞める、と。

その上司は僕の2年目の時の部長で、強面で無口でスマートな働き方からか、若手からは怖いと言われていた。(稀にそれがかっこいいと言う人も)

今日は親しみを込めて ”クール先輩” と呼ぼう。

クール先輩は会社の中でも花形と呼ばれる案件を多数抱えていて、僕が入社する前から、いや、クール先輩が入社した時からずっと、スタイルを変えない人だった。会社にいるのが当たり前で、辞めるなんて予想したことすらなかった。

それは僕だけじゃなく他の社員も同じで、会社から発表があってからリモートなのにざわついているのを感じた。


ある日、クール先輩に特にお世話になった人たちで構成された送別会委員会からメールが届いた。

手作りの歌の合唱とメッセージをムービーにして贈る。

普通であれば寒くなりそうなものだが、言ってしまえばプロが集結しているのでクオリティは保証済み。

サンプルの歌を聴いてみると、不思議なもので、実感していたはずのクール先輩の退社が改めて本当なのだと思い知る。

早速歌う。楽しいリズムとメロディ。歌っていたら今度は、やっぱりクール先輩の退社は嘘で、壮大なドッキリなのではないかと思えてくる。


でも迎えてしまった送別会当日。主役のクール先輩はいつも通り、髪型も服装もバッチリ決まっていた。

送別会とは言え、リモートワーク続きだった僕たちは、久しぶりの会社の仲間との会話に花を咲かせていた。

ある程度みんなと会話したか見回していると、クール先輩が目に入った。運良く僕の知る先輩方が、クール先輩を囲んでいた。お酒を片手にその円に加わる。

「お疲れ様です、クール先輩」と言う僕にクール先輩は、僕の名前を呼びながら見たことないくらいの笑顔を見せた。

走馬灯のように蘇る。


あまり関わりのなかったクール先輩と僕だったが、飲み会で同じテーブルになることが意外と多かった。

少しお酒が入るとクール先輩はいつも真剣な顔をして僕に言った。

「俺が今一番仕事したいのはお前なんだよ」

「ずっとやりたかった新規の案件を取ってきた。これを俺はお前とやりたいと思っている。」

僕は言われる度にその場のノリを使い、笑いながら「そうですね」とかわしていた。


バッチリ決めた姿で見たことのない笑顔を見せるクール先輩は、他の先輩と思い出話で盛り上がっていた。

それを聞きながら笑っていると、誰かが「2人は仕事したことないの?」とクール先輩と僕を指差す。

僕がさっきの走馬灯を思い返して詰まっていると、「俺たち結局一緒にできなかったな」とクール先輩が代わりに返してくれる。

悲しそうな、優しい顔をしていた。続けて僕の顔を見ながら言った。

「お前とは本当に仕事したかった。結構口説いてたぞ。」

いつも真剣な顔で言ってくれていた言葉が、優しい顔で過去形になって発せられている。

後悔の波が押し寄せた。自分の案件で手一杯とか、期待に応えられなかったらどうしようとか、そんな目先の理由や言い訳を並べて逃げてきた自分にむかついた。部長にクール先輩と仕事がしたいと言えばよかった。

そんな後悔と申し訳なさを言葉にできずにいると、先輩方はまた思い出話に帰っていった。


仲間からの歌とメッセージの時間が来た。プロジェクターがセットされ、ムービーが流れ始める。

絶対泣かないよと声を張るクール先輩をよそに、ムービーは面白さを兼ね備えた感動的なものになっていた。

各方面から鼻を啜る音が聞こえてくる。

歌が終わり、メッセージが流れる。お世話になりました、ありがとうございました、そんな言葉が続く中、僕の映像が流れた。

「一緒に仕事したかったです」

そうだ、それを伝えたかったんだ。

なんでさっきそれを直接伝えられなかったんだろう。思わず泣きそうで自分を守ったからか、恥ずかしかったのか。


ムービーが終わり、クール先輩にマイクが渡される。始まる前のあれはフリだったかのようにしっかり泣いている。

今までの仕事の話を始めるクール先輩は、育ててもらった先輩はもちろんだけど、それ以上に、一緒に闘ってきた後輩の話を始めると強めに泣いていた。

クール先輩の頭に浮かんでいる後輩の中に、僕はいなかったと思う。

僕は勝手ながら、一緒に走りたかったと思ってしまった。

最後の挨拶が終わるとクール先輩は、遊園地のマスコットキャラクター状態。ゆっくり話す時間なんてなくて、結局想いは伝えられなかった。

落ち着いた今思えば、伝えなくてよかったのかもしれない。クール先輩も今更言われたって、だろうから。

20年務めた会社を辞めるのはどういう気分なのだろうか。数年しか務めていない僕には到底想像のつくものではない。

クール先輩の積み上げた信頼は、確実に会社の功績として残る。

そしてそれは、クール先輩が育てた後輩に受け継がれる。


過去形になってしまう前に、後悔することになる前に、きちんと行動しようと思った。

仕事以外ではそんなこと分かっていたはずなのに、仕事の上では意識していなかった。

先輩も後輩もみんな、ずっといるのが当たり前ではない。

その人と働きたい。その人の為なら多少の雨風は耐えられる、と思える人と働くことを、自分の力量なんかと相談して決めていてはだめなんだな。

そんな事を考えた週末だった。


伝えなくてよかった、と書いたけれど、やっぱり最後にここにだけ、この気持ちを書き残しておこう。

僕はあなたと仕事がしたかったです。


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