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事例病について① 事例ばかりにこだわることの弊害

「事例はあるんですか?」やたらと聞く人

里田氏が昔、2000年頃にとあるマーケティング・エージェンシーで仕事をしていた頃の話です。ビジネスイベントに出展し、自分たちの強みやサービスの内容を説明する際に高確率で聞かれたのが次の言葉:

「事例はあるんですか?」
「事例を教えてください」

簡単に教えることではありません。契約先の守秘義務もあります。それでも話せる範囲で、事例と思しきものを説明していくと、こういう言葉が:

「うちとは業界が違うからなぁ」
「商材が違うから」
「顧客層が違うから」

他にも云々と。そんな「ぴったり、同じ事例」なんてあるはずがないのになぁと。そして、気がつくのです。

「ああ、事例ばっかり聞く人は、サービスの内容についいては聞かないなぁ」

事例ばっかり聞く人は、サービスの内容にはあまり興味がなかったりするのです。

絶対にうまくいく、魔法のサービス。

これが欲しかったのだと。だから「自分たちの困っていることがぴったり、解決された事例がないと困る」のです。

おそらく例はこういったイベントに限らないでしょう。社内でもこういう上司がいるかもしれません。新しいサービスを導入しようと稟議書を上げると、「事例はあるの?」と聞く人。もっというと「これ、本当にうまくいくの?」と聞く上司。

新規なサービスに豊富な事例があるはずがありません。この10年で急速に普及したSaaSのサービスの多くは、そこで悩みがあったはずです。それでも急速に普及したのは、それだけ多くのSaasサービスのニーズが高かったのだということだと思います。

事例病という重い病



それ以来、いろいろなところで、数多くの「事例病」に出会ってきました。

どうして、みんな、そんなに事例に興味があるんだろう?

それは「安心」したいからだと思います。誰しも失敗はしたくない。だから「成功した事例」を知り、「これはうまくいくんだ」と安心したいのです。正常性バイアスに近いのかもしれません。それが過ぎると、先に述べたように「ここが違う」「これは違う」と過去の事例と自社の違いばかりを述べて、話が進まないようになります。

石橋を叩いて壊す。

こういうことが「事例病」なんだなと。過去に囚われて、絶対の安心を求めるあまりに、「未来に進めない」。

マーケティングをはじめ、ビジネスの世界では「アメリカで起こっていることは、そのうち日本でも起こる」という話があります。アメリカのビジネストレンドは数年遅れで日本に伝わってくるというのですが、感度が高い方はアメリカの情勢をキャッチして、いち早く日本でサービス化しようとします。そこで「アメリカではそうかもしれないけれど…日本の事例はないの?」という会話が生じるのです。

あるわけないですよね?

事例病の重篤な方は、過去ばかり見て、未来を見ないという傾向があります。そういった方が意思決定者の中にいると、企業の成長は遅くなるのではないでしょうか。

いま、世界で日本企業の事例は、参考にされていない

いま、日本は失われた10年、20年、30年と言われるような状況です。バブル期(1989年)には、企業の時価総額ランキングのトップは、NTTでした。2位は日本興業銀行、3位は住友銀行。やっと6位にIBMが入ってきます。トップ10のうち7社が日本企業でした。ちなみにトヨタ自動車は11位です。その頃は、JAPAN as No.1とも言われ、日本の経営が世界でも注目されていました。トヨタのKAIZENはそのままオックスフォード現代英英辞典にも掲載されています。KAIZENはいまでも、世界の製造業に浸透していますが、ほかはどうでしょう?


ダイヤモンド・オンライン、ブルームバーグから
2024年2月15日現在


2024年の企業の時価総額ランキングでは、マイクロソフト、アップル、NVIDIA、アルファベット(Google)とIT系のいわゆるGAFAMが並びます(アマゾンは6位です)。日本企業はというと、やっと32位にトヨタの姿が見えます。なんと50位以内にいるのは、トヨタ自動車一社だけです。

これでは、誰も日本企業に学ぼうとは思わないでしょう。アメリカのビジネススクール、MBAコースでは、徹底的に事例を学びます。バブソン大学も同じ。かつては、日本企業の事例も多く含まれていましたが、いまでは、ほぼゼロ。

日本でうまくいった事例、でも世界的には見向きもされていないのです。

MBAでの事例の活かし方と「事例病」の違い

「事例ばかり見るのは悪い、事例病だといいながら、アメリカのビジネススクールでは徹底的に事例を学ぶんでしょ?矛盾しているじゃないか」

それは「事例」への向き合い方が違うのです。ビジネススクールでは、事例を徹底的に研究することで、「成功の背景と要因」を掘り起こします。また、「失敗」についても、その原因を徹底的に分析します。

すると、そこで見出された「成功要因」も「失敗の理由」も、水平展開できるのです。他の業界でも、エリアが違っても、ターゲットが違っても、「適切に原因が分析できていれば」、それは応用できます。

しかし、事例病にかかっていると違います。ただ「この方法で成功した」「これで失敗した」と認識するだけなので、水平展開、応用が利きません。
ただただ、成功したやり方をコピペするのでは、うまくいかないのです。成功した理由がわかっていないからです。

そんな経験があるから、事例を求めているのに「業界が違うから」と拒絶してしまいます。

結果として、事例は求めるのに活かすことができない=事例病なのです。

事例を研究することはとても重要です。でも正しく活かさないと、むしろ事例が足を引っ張ります。

過去に学び未来に活かす。そのための事例です。予測不能のVUCAの時代だからこそ、事例を研究し、その成功要因、失敗の理由を明らかにすることで、未来に踏み出す糧にしなければなりません。

事例病については、さらに記事を追加していきます!


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