見出し画像

エンジニアとデザイナの間に壁はあるのか?

 エンジニアリングとデザイン、エンジニアとデザイナの間に何だか壁とか溝があると感じるのは私だけでしょうか。
私は機械工学を学び、機械系の研究者としてキャリアを積んできました(一応エンジニアだと思っています)。しかし、30代半ばからデザインを本格的に学び始め、現在は理系研究者、プロダクトデザイナ、映像作家といった異なる専門分野の先生方が共存する学科に所属しています。その中で深い議論をすると、皆が本質的に同じことを考えているように感じます。しかし、企業のエンジニアやデザイナと社内事情の話になると、社内のエンジニアとデザイナの組織や人材の間に相容れない壁や溝があるような話をよく聞きます。これは日本特有の問題なのでしょうか。それとも、広く一般的な課題なのでしょうか。


デザイン思考ブームとデザイン軽視の矛盾

 近年、「デザイン思考」が一時的なブームになり、あらゆるものに「デザイン」という名前が付けられるようになりました。これはデザインの重要性が認識されたとも言えますが、逆にデザインを単なる付加価値のように捉え、軽視しているとも取れます。
エンジニアとデザイナが相互理解できていないのは、両者が表面的な部分しか見ておらず、その違いだけに注目しているからでしょうか。それとも、そもそも企業の組織構造が相互理解を促進しない仕組みになっているのでしょうか。

組織構造が生むエンジニアとデザイナの分断

 企業の組織を見ると、そもそもデザイン部門が存在しない会社も多くあります。また、デザインをすべて外注している企業も少なくありません。
仮にエンジニアリング部門とデザイン部門が社内に存在していたとしても、両者を橋渡しする役割の人材や部署がないことも多いのです。
例えば、実験部門(品質管理など)と開発・研究部門は、人材の異動や交流を通じて相互理解が進んでいきます。しかし、R&D部門とデザイン部門の間での人事異動はほとんど聞きません。 もちろん、エンジニアが独自にデザインを学び、デザイン関連の仕事で独立する事例はあります。しかし、組織の中でエンジニアとデザイナが自然に交流し、相互理解を深める仕組みはほぼない組織が多いのではないでしょうか。
 この背景には、「デザイン=センス、生まれ持った才能」という誤解があるのではないでしょうか。そのため、「センスのある人を採用してデザイン部門を作る」という発想になり、結果的にエンジニアとデザイナの間での人材交流が生まれないのではないだろうか。
しかし、エンジニアリングにもデザインにも知識や経験、鍛錬が必要です。さらに言えば、エンジニアリングにもデザインにも「センス」という要素はどちらも存在するはずです。デザインはセンスという誤解が相互理解の妨げになっているのではないでしょうか。

教育が生み出す「デザイン=才能」という誤解?

 この問題をさらに遡ると、学校教育に要因があるのかもしれません。
日本の義務教育では、図工や美術の授業があるものの、それらにおける知識やスキルを体系的に学ぶ機会はほとんどありません。そのため、図工や美術で高評価を得る学生は、もともと好きで得意だった人や、学校教育以前に何らかの方法で技術を習得していた人に限られる傾向がみられます。
この結果、「美術やデザインは生まれ持ったセンスが必要」という意識が、学生の間で自然に芽生えてしまいます。数学や理科が苦手な子供に塾へ通わせる親は多いですが、美術の成績が悪くて美術塾に通わせる親はほとんどいないでしょう。 こうした教育環境が、「デザインはセンスの問題」「エンジニアは勉強の成果」という固定観念を形成し、社会にまで影響を与えているのかもしれません。

デザイン工学という統合的なアプローチ

 しかし、大学の「デザイン工学」分野では、テクノロジとクリエーション,いわゆるエンジニアリングとデザインの両方を教える場であり、実際にエンジニアとデザイナが協力して教育研究をしています。その中で仕事をしていると、エンジニアとデザイナの間に相容れない部分があるという感覚はほとんど感じません。
 もちろん、専門分野の違いによる用語や表現の差はあります。しかし、本質的な考え方には共通点が多いと感じます。エンジニアリングにもデザインにもロジックがあり、知識や経験の積み重ねが必要です。デザインが「センスだけで行われている」とは全く思えません。
機械工学を学ぶ理系学生が、数学や物理、材料力学、設計工学などを学ぶのと同じように、デザイナもデザインの基礎知識や実習を重ねています。それは決して「センス」だけで片付けられるものではなく、学習の積み重ね,努力と鍛錬の成果なのです。

企業におけるエンジニアとデザイナの相互理解

 大学でデザインを教える人と学ぶ人々と関わることで、私は「デザインはセンスだけではない」と日々体感しています。それと同じことが企業にも当てはまるのではないだろうか。企業のデザイン部門の人々も、日々さまざまな思考を巡らせ、試行錯誤を重ね、リサーチを行い、汗をかいた末に一つのデザインを生み出しているはずです。たとえ最終的に出てくる結果が「一つのキャッチコピー」や「一枚のスケッチ」だったとしても、その裏にはエンジニアリングと同じような積み重ねがあるのです。
 エンジニアとデザイナの相互理解を深めること。橋渡しできる人。そのような人材こそが、複雑多様化する社会の課題を解決し、分野を超えた対策を提案・実行していくのではないでしょうか。

いいなと思ったら応援しよう!