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稲の花
小学生の頃、毎年夏休みに2週間ほど遠方の祖父母の家へ泊まりに行っていた。
祖父母は農家をしていて、お隣さんは畑を挟んだむこう。家は広くて、松が生えた庭があって、かわいい柴犬がいた。
祖母に夏休みの宿題を見てもらいながら、畑仕事の合間の祖父と柴犬と遊ぶ、そんな2週間だった。
祖父母の家は広くて、小さい頃の私にとってはいつも探検気分だった。叔母の部屋で昔の少女漫画を読んだり、祖父のギターやウクレレで遊んだり、ちょっとほこりっぽい物置で父のドラゴンボールを読んだりした。
家の目の前の畑にはスイカがあって、ちっちゃいスイカが大きくなっていく様子を毎日眺めていた。
その奥のビニールハウスにはトマトがなっていて、祖母が収穫する姿をちょっと覗いてはもわっとした暑さにやられてすぐ外に避難していた。
家の横のキャベツ畑を抜けて、いつも柴犬のお散歩に行っていた。行き先は湖があるちょっと大きな公園。柴犬はまつぼっくりが好きで、いつも私は柴犬が好きそうなまつぼっくりを見つけてきては一緒に遊んでいた。
祖父母の家には井戸があって、そこで初めて私は井戸の水の冷たさを知った。夏は水道水より冷たくて、冬は水道水よりあったかいんだよ、と教えてもらって不思議に思った。
祖父は釣りが好きで、なぜか船舶免許を持っていて、小型の船も持っていた。家から車でちょっといくと港があって、そこに船をとめていた。
一度だけ、祖父の船に乗せてもらったことがある。釣りするつもり満々で乗り込んだはいいものの、一瞬で船酔いしてダウンしてしまった。
それ以来船酔いが怖くて乗ることはなかったけど、もう一回ぐらいチャレンジしておけばよかったかなと今となっては思う。
でも、一番印象に残っているのは、稲の花だった。
田んぼは家からちょっと離れたところにあって、祖父の軽トラに乗せてもらって行った。そこで初めて見たのが稲の花だった。
稲穂を見ることはあっても、なかなか稲の花を見る機会はなかった。初めて見る稲の花は白くてちいさくてかわいかった。
祖父との思い出はいっぱいあるはずなのに、祖父が亡くなった時にふと蘇ったのは稲の花だった。
農学部を選んだのは、その思い出があったからかもしれない。他にも理由はあるけれど、きっとこれも理由の一つ。
ツクツクボウシが鳴く頃になると、あの小さな白い花と穂の緑、そして祖父の麦わら帽子を思い出す。