アメリカ過疎地の深刻な社会問題「オピオイドクライシス」
本年度のピューリツアー賞フィクション部門を受賞した話題の1冊、Barbara Kingsolverの「Demon Copperhead」を読みました。
500ページ越えの長編に加えて、フォントがかなり小さく「私、コレ読み切れるのかな…」と、本の分厚さに圧倒されながらも読んでよかった、本当によかった、今年1番良い本だった、と思った大変興味深い1冊になりました。
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10代のシングルマザーが小さなトレーラーハウスで子供を産む、という衝撃的な出産によりDemonの人生は始まります。
Demonが生まれたのは、大自然が美しいバージニア州・アパラチア山脈南部。
過疎化が進み、貧困やドラッグ中毒は誰かが意図するものではなく、雑草が生えてくるのと同じくらい自然なことだと誰もが思う悲運な場所に生まれたDemon。
アル中でドラッグ中毒の母と、酒を飲んでは暴力を繰り返す義父のもと、抜け穴だらけのフォスター・ケア・システム(児童養護制度)だけを頼りにタバコファームで働きながら幼少期を過ごしたDemonでしたが、彼は母親を愛していました。
彼が唯一望んでいたのは、母親からの愛情と安全な暮らし、そしていつか海を見ること。
Demonが11歳になる誕生日。その当時、アルコールとドラッグのリハビリ施設で暮らしていた母親に久しぶりに会えることを楽しみにしていた彼に届いた知らせは、オーバードーズによる母親の自殺でした。
その後Demonは、フォスター・ケア・システムによるキャッシュバック目当ての家族に引き取られるのですが、犬小屋で寝るよう命じられ、充分な食事も与えてもらえず、学校給食の残飯を漁る、というシステムの抜け穴に完全に落ちてしまい、生活はひたすらに悪くなっていくのですが…
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Demonの母親の自殺の原因になった「oxy」は「オキシコチン」の略で、2023年の今現在では、手のつけられないほど非常に深刻な社会問題「オピオイドクライシス」となり、犯罪だけでなく生産ロス、依存症によるリハビリコストなどのヘルスコストの増加など、経済的なダメージは年間1.5兆ドル(およそ222兆円)。
東京都内総生産のおよそ2年分が毎年オピオイドによって失われているだけでなく、毎日200人もの人がオーバードーズによって亡くなっているそう。
Demonの母親がオーバードーズになった経緯は結局よく分からない、という曖昧なまま物語は終わるのですが、というのも、その当時「オキシコチン」は「God’s Gift」「痛みを取り除く神からのギフト」として国が認め、医者が怪我をしたスポーツ選手や腰の曲がった老人などに処方していたので、Demonの母親のように意図せずオーバードーズしてしまうケースは無数にあったのではないか、と思いました。
本書は1850年に初版が刷られた、英国ヴィクトリア朝の制度的な貧困を描いたチャールズ・ディケンズの「デイヴィッド・コパフィールド」の現代版として描かれています。
本書「デイモン・コパーヘッド」に
という一節があり、「時代は変われど制度的な貧困は変わらない」というこの物語の全てが詰まっているような気がしました。
この物語は暗い。最初から最後まで一貫してオピオイドによる様々な犠牲や死を描いており、オピオイドクライシスは友人やファミリーメンバーを死に追いやるだけでなく、コミュニティを破壊している、という事実を描いています。
アメリカでオピオイドがこれほどまでに深刻な社会問題になった背景には、過疎地の深刻な貧困化(都市部と比較すると20%もの賃金格差)があるそう。オピオイドは体だけでなく心の痛みも取り除いてしまう厄介なドラッグのため「O.Dによる死を待つ人」もいるようで、オピオイドクライシスを知れば知るほど、暗い気持ちになりました。
きっとこの物語と同じようなことが、アメリカ過疎地で暮らす人の数だけあるのだと考えると、世の中は、わからないこと、知らないことだらけだと思いました。
せめて1日でもいいからオピオイドによるO.Dなど無関係の1日を過ごしたい、願う主人公Demonが子供から大人に成長する物語を通して、私はまるで親戚の子供の話を聞いているような親近感を覚えました。
オピオイドによるO.Dで日々亡くなっている人たちは、私たちと同じように笑い、泣き、酒を呑んだりする、なんら差異のない人たちなんだ、という現実を本書に突きつけられたような気がしました。
もしDemonが大人になる前にO.Dで亡くなっていたら、この物語は100ページほどで終わり、人生の様々な難しい局面をサバイブした彼の人生は語られなかったんだよね、と読了後に500ページの重みを感じました。
オピオイドクライシスは戦争と同様に人災であり、知る努力をして、他者の苦しみを理解し、同じ過ちを繰り返さないよう、声を上げていかなくては、と思えた読み応えのある1冊でした。
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