サントリーホール・サマーフェスティバル2022が楽しみ
毎年8月になると楽しみな音楽イベントがあります。サントリーホールが開催しているサントリーホール・サマーフェスティバルという音楽祭です。現代の新しい音楽に焦点を当てて、いくつもの演奏会が開催されます。今年の開催期間は8月21日(日)から8月28日(日)です。近年は「ザ・プロデューサー・シリーズ」、「テーマ作曲家」、「芥川也寸志サントリー作曲賞選考演奏会」を軸に構成されています。
「ザ・プロデューサー・シリーズ」では、毎年異なるプロデューサーが音楽祭の主力となるコンサートのプログラムを作って紹介します。2022年のプロデューサーはウィーンの現代音楽専門のアンサンブル、クラングフォルム・ウィーンです。ウィーンをベースに活動を続けるアンサンブルらしく、オーストリアの作曲家がたくさん取り上げられているのが特徴的です。その中で異彩を放っているのが、8月26日(金)の演奏会「クセナキス100%」です。ギリシャ系フランス人作曲家ヤニス・クセナキス(Iannis Xenakis, 1922-2001)の生誕100年を記念した特集コンサートで、打楽器のための重要なレパートリーをいくつも残したクセナキスの打楽器アンサンブル曲『ペルセファサ』(»Persephassa«, 1969)とバレエ音楽『クラーネルグ』(»Kraanerg«, 1969)が演奏されます。『ペルセファサ』はクセナキスの作品の中でも人気の高いもので、それなりによく演奏されています。しかし『クラーネルグ』の実演を聴く機会はなかなかありません。建築家でもあったクセナキスは確率論的手法や数学の理論を作曲に応用しました。通常の発想では現れにくい力強い音響を持った音楽を聞くのが本当に楽しみです。また、8月22日(月)の演奏会で演奏される作曲家・塚本瑛子さんは、ケルン音楽舞踊大学に同時期に入学した学友です。ケルン音大の後、ベルリンで更なる研鑽を積んで、ユニークな作品を生み続けています。2020年まで私が勤めていたデトモルト音楽大学も彼女に委嘱を出したことがあり、その作品を大学の現代音楽アンサンブルが演奏したのを聴いたのを覚えています。一作ごとに進化を見せる塚本さんの音楽は私にとっても刺激でした。近作を日本で、素晴らしい演奏家の演奏で聴けることが楽しみです。
「テーマ作曲家」シリーズは、長年サントリーホール・サマーフェスティバルを支えている人気シリーズです。国際的なシーンで著しい活躍を続けている作曲家の作品も、日本ではなかなかまとめて聴く機会がありません。そんな音楽ファンの望みを叶えてくれる演奏会の一つで、今年のテーマ作曲家はドイツのイザベル・ムンドリー(Isabel Mundry, b.1963)です。ドイツの作曲シーンの中で、長年に渡り、大きな尊敬を集めている作曲家です。ムンドリーほど発言が知的で、多岐にわたる文化的素養の奥行きが深い作曲家を私はほとんど知りません。ムンドリーと私の最初の出会いは2008年にダルムシュタットの夏期講習会でレッスンを受けた時でした。当時「新しい複雑性」と呼ばれる流派の音楽に惹かれていた私は、リズムと響きが錯綜した室内楽曲を見ていただきました。しかし実は見ていただいた作品の複雑な和音は、背景に雅楽の合竹の響きを仕込んであり、日本の音楽も見つめ直したい意図を持って作曲したものだったのですが、2008年の講習会でレッスンを受けた作曲家の中で唯一ムンドリーだけがその和音構造を見抜きました。それも一瞬でした。現代の音楽の楽譜は情報が非常に多いことがあって、核となる作曲の要素が隠れてしまっていることが多いのです。その後も何度もムンドリーとは会う機会がありましたが、例えば他の人へのレッスンなどを見ていても、表面的なことに惑わされて楽譜を読むことは全くありません。常に音楽の本質が筒抜けのように見えている様子です。8月21日(日)にはムンドリーによる公開ワークショップ・イベントもあります。選抜され、彼女のレッスンを受けることになった若い作曲家の皆さんは、多くの気づきに出会うことでしょう。もちろん、ムンドリー作品をいくつも聴けるポートレート・コンサートも楽しみです。
「芥川也寸志サントリー作曲賞」は戦後の日本を代表する作曲家・芥川也寸志氏(1925-1989)の功績を記念して、サントリー音楽財団(現・公益財団法人 サントリー芸術財団)が日本作曲家協議会の支援を得て1990年4月に創設したものです。日本の新進作曲家のもっとも清新にして将来性に富む作品を対象に、演奏会形式により公開選考を行うという、作曲賞としてはわが国で初めてのユニークな試みとなっています。ノミネートされるためにはその前年に管弦楽曲が初演されている必要がありますから、若い作曲家、中堅作曲家にとって、それなりにハードルが高いです。毎年数十曲もの初演作品からノミネート作品が選ばれるので、日本の作曲創作が盛んであることの証左として嬉しく思っています。今年は大畑眞さん(b.1993)、根岸宏輔さん(b.1998)、波立裕矢さん(b.1995)の作品がノミネートされており、第30回作曲賞受賞作曲家である小野田健太さん(b.1996)の新作とともに演奏されます。楽しみに聴きたいと思っています。
宣伝記事みたいになっていますが、現代の新しい作品はなかなか多くのお客様に聴いていただくのが困難な場合があり、この音楽祭に何度もお世話になっている身としては少しでもご紹介したいと思い、記事にしてみました。今新しく生まれている音楽の新鮮な響きや美学的な提案をぜひ味わってみていただきたいと思います。