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信藤玲子評 ローレンス・ブロック『エイレングラフ弁護士の事件簿』(田村義進訳、文春文庫)
翻訳ミステリーの巨匠が魅せる鮮やかな切れ味を堪能できる短編集――肝心の顛末を語らずに、どうやって物語を作りあげるのか? ぜひ実際に読んで確認してほしい
信藤玲子
エイレングラフ弁護士の事件簿
ローレンス・ブロック 著、田村義進 訳
文春文庫
■「わたしは犯罪者の代理人にはなりません。わたしの依頼人はみな無実なのです」
詩を愛する洒落者の弁護士、マーティン・エイレングラフはいついかなるときもこう断言する。たとえ依頼人が人を殺した事実を告白しようとも、「あなたの思いこみ」と言いきかせて、高額の成功報酬とひきかえに無罪放免を約束する。するとどういうわけだか、依頼人はかならず無罪となり、エイレングラフは成功報酬を手に入れる。
エイレングラフを主人公とする短編が集められた本作『エイレングラフ弁護士の事件簿』の作者であるローレンス・ブロックは、一九三八年にアメリカのニューヨーク州に生まれ、一九五〇年代からミステリー作家として活動を始める。大都会ニューヨークの孤独と犯罪を描いた私立探偵マット・スカダーのシリーズで高く評価され、殺し屋ケラーや泥棒バーニイのシリーズも人気を博した。九二年にスカダーシリーズの『倒錯の舞踏』でMWA(アメリカ探偵作家クラブ)エドガー賞最優秀長編賞を受賞したほか、同最優秀短編賞など数々の賞に輝き、九四年にはMWA巨匠賞、二〇〇二年にはPWA(アメリカ私立探偵作家クラブ)生涯功労賞も受賞している。名実ともに翻訳ミステリー界の巨匠と言える存在である。
と紹介すると、かえって手に取るのをためらう人がいるかもしれない。そんな大作家の重厚な作品ではなく、小難しくなく楽しく読めるミステリーを探しているのだ、と。だがそんな人にこそ、本作がうってつけだろう。ブロックの魅力は軽妙洒脱な作風であり、とくに短編ではウィットとひねりの妙が際立っている。ブロックから受けた影響を公言し、そのウィットとひねりを継承しているのが伊坂幸太郎であるという事実からも、その作風が想像できるのではないだろうか。今年、伊坂による殺し屋シリーズの『The Mantis』(『AX』)がCWA(英国推理作家協会)スティール・ダガー賞の最終候補に残り、日本でも大きな話題を呼んだが、このシリーズが殺し屋ケラーに触発されて書かれたのはよく知られている。
伊坂幸太郎はブロックの『殺し屋 最後の仕事』(二見書房 二〇一一年)の解説で、ケラーシリーズの特徴について、「人の心の機微を細やかに描いているわけでもなければ、人間の苦悩を表現しているわけでもない」「感情移入もできない」と記しているが、この特徴は本作にこそあてはまる。読者が感情移入できるような人の心が描かれているわけではなく、ましてペリー・メイスンのような弁護士ミステリーの王道である「正義」が描かれているわけでもない。ただひたすら、エイレングラフが金のために手段を選ばずに依頼人を無罪にするだけの物語である。しかも、無実を証明するためのエイレングラフの奮闘が詳細に描かれているわけでもない。エイレングラフの愛する詩、仕立てのいい服にぴかぴかに磨かれた革靴、因縁のある勝負ネクタイについては数行も費やすにもかかわらず、事の顛末については一切語られないので、読者はエイレングラフと依頼者のやりとりからその経緯を想像することしかできない。
肝心の顛末を語らずに、どうやって物語を作りあげるのか? 無実という結末が固定した枠のなかで、どうやって毎回オチをつけるのか? 一見、不可能に思える制約を易々と乗りこえている名手の技を存分に堪能できるのが、このエイレングラフシリーズの特異な魅力と言えよう。そしてもちろん、そんなことを意識せずに気軽に手に取り、これだけ短い物語を鮮やかに着地させる切れ味に身を委ねるだけでもじゅうぶん楽しめる。
また、翻訳ミステリーを愛好する読者にとっては、エラリイ・クイーンのひとり、フレデリック・ダネイのもとでエイレングラフが世に出たという事実も興味深いのではないだろうか。一九七八年、ダネイはエイレングラフが初登場した「エイレングラフの弁護」を気に入って、『エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン』に採用した。二作目以降も同誌に掲載されたが、ダネイは一篇だけボツにしている。結局その一篇は別の雑誌に掲載され、本作にも収められているので、どうしてこの一篇だけがダネイのお眼鏡にかなわなかったのかを想像するのもおもしろい。ダネイの死後もブロックは断続的にエイレングラフものを書き続け、この本の最後に収められた「エイレングラフと悪魔の舞踏」は二〇一四年に発表されている。
綱渡りは綱が細ければ細いほどスリリングで高い技巧が求められる。人の心や正義を持ち出すことなく結末の定まった犯罪小説を何作も描くのは、極細の綱で綱渡りをするようなものだ。最後まで人の心や正義の側に落ちてしまうことなく歩き通せるのか? ぜひ実際に読んで確認してほしい。
(翻訳者/ライター/大阪翻訳ミステリー読書会世話人)
「図書新聞」No.3662・ 2024年11月9日号に掲載。https://toshoshimbun.com/
「図書新聞」編集部の許可を得て、投稿します。