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柳澤宏美評 ジョシュア・ハマー『ハヤブサを盗んだ男――野鳥闇取引に隠されたドラマ』(屋代通子訳、紀伊國屋書店)

卵に魅入られた犯罪者――卵泥棒と彼を追い詰める捜査官を中心に、環境問題、アフリカ内戦、ブラックマーケット、博物学や鷹狩りといった歴史・文化の系譜までたどる力作

柳澤宏美
ハヤブサを盗んだ男――野鳥闇取引に隠されたドラマ
ジョシュア・ハマー 著、屋代通子 訳
紀伊國屋書店

■鳥の卵は生命の源ともみなされ、種類によって大きさ、色、柄などさまざまである。本書はそんな卵に魅入られた卵泥棒の犯罪をめぐるノンフィクションである。卵泥棒ジェフリー・レンドラムと彼を追い詰める英国野生生物犯罪部の捜査官アンディ・マクウィリアムを中心に、二人の生い立ち、人間関係を洗い出しながら、環境問題、アフリカ内戦、ブラックマーケット、博物学や鷹狩りといった歴史・文化の系譜までたどる力作だ。
 我々は自然番組や生物多様性といった言葉から野生生物保護という理念を知っているが、そもそも野生生物に手を出すことが罪になったのはいつからだろう。「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引における条約」、通称ワシントン条約が発効されたのは一九七五年だが、イギリスでは一九五四年に鳥類保護法が制定されるなど、戦後から各国で規制は始まっていた。さらに一九七〇年代には世界規模で環境問題への関心が高まった。
 レンドラムの事件発覚のきっかけとなったのは、二〇一〇年にバーミンガム空港で清掃員がゴミ箱から見つけた卵だった。怪しい人物を取り調べると、十四個もの卵を腹に巻き付けているのが発覚した。これはアヒルの卵(のちにスコットランドで取ってきた野生のハヤブサの卵だとわかる)で、背中を痛めたため、理学療法士から壊れやすいものを腹に巻き付けて腹筋を緊張させ、下半身を鍛えるやり方を勧められた、と男は無理な主張を堂々と行い、しらを切る。実はこの男は過去に一九八四年にローデシア(現在のジンバブエ)で、二〇〇二年にカナダで逮捕歴があった。
 ローデシアに生まれたレンドラムは父親から野生生物、とくに猛禽類に対する執着を受け継ぎ、その扱い方を学んだ。南アフリカの内陸に位置するローデシアには猛禽類が棲息する国立公園があり、鳥類協会が活動を行っていた。父子はボランティアとして協会の鳥の生態調査に協力し、信用を得ると、猛禽類に関する論文も多数発表、貴重な種の巣の場所などを把握できるようにもなった。だが、その裏で鳥の卵を盗っていたのだ。発覚したときの関係者のショックは計り知れない。レンドラムが協会の活動に関わった七十年代のローデシアは紛争のただなかにあって、父子が軍隊に所属していたことも言及されている。子であるジェフリーはローデシアで逮捕された後もアメリカ、カナダ、南米などで卵採集を続けた。何十メートルも上にある巣へ卵を盗りに行くために木や崖をよじ登ったり、ヘリコプターからロープでぶら下がったりする男の姿からは求めるもののためならばためらわず、大胆に行動する性格が伝わってくる。
 本書のもう一人の中心人物であるリヴァプールの警察官マクウィリアムが野鳥関連の捜査を担当するようになったのは四十歳を過ぎてからだ。一九九九年から二〇〇五年の六年間で八人の卵コレクターを逮捕するなど、確実に実績を積んでいた。一方で国からの野生生物犯罪への予算がなかなか増えなかったり、同僚からの無理解な言動もあったりした。そんな状況にも腐らず、捜査に真摯に向き合ったマクウィリアムは鳥についての知識も犯人に対する目も一級のものになった。卵泥棒が存在する背景まで察知し、中東世界で猛禽類のブラックマーケットが存在していると睨んでいる。鷹狩りの伝統があった中東では、ハヤブサレースという一大娯楽が生まれ巨額の金が動いているのだ。一方でレンドラム個人に対しては憎めない相手とも語っている。  
 著者のジョシュア・ハマーはニューヨーク生まれのジャーナリストで、「ニューズウィーク」で支局長や特派員を務めた後、フリーランスで雑誌への寄稿や『アルカイダから古文書を守った図書館員』(紀伊国屋書店)などのノンフィクションも執筆している。本書も多方面にわたる関係者への取材を踏まえたて書き上げたもので、卵泥棒とその背景をいきいきと描写する。
 マクウィリアムが一九九〇年代から二〇〇〇年代にかけて押収した卵コレクションの一部は、十八世紀から十九世紀、すなわち収集が禁止される前に形成された卵コレクションと共にリヴァプール世界博物館に収蔵されている。エピローグでは著者がその収蔵庫を訪れ、美しい卵の数々を目にする。黎明期の博物学は収集から始まり、同じ種族であっても地域や時代による個体差を知るために数を集めることは必要であった。しかし時代の変化とともに卵を取り巻く環境は変化した。本章はこれら美しい卵たちが秘めている歴史、そして未来を考えさせてくれる。
(学芸員/書評家)

「図書新聞」No.3661・ 2024年11月2日号に掲載。https://toshoshimbun.com/
「図書新聞」編集部の許可を得て、投稿します。

 

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