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食いこぼし猫はジィアと鳴き

なべいっぱいにお湯を沸かして
のらぼう菜のお浸し
さっと湯通し

旅は出るよりただ思う方が味わい深いと
噴きこぼれるようにつぶやいて

炊き込みご飯 歯の治療をしてる父に合はせて
昼の残りの野菜スープで煮て リゾット風に
万能ネギは切る前によく拭く
本屋で本を選ぶときのようにていねいに
しかし 直感にしたがって

彼は
夕食の支度でグラミー賞を総なめする
スタンディングオベーションの嵐

さて なんてことのない彼の部屋には
一八九七年創業の会社が販売してるチョコレエト
こどくなひとのこどくな咳のおと
聖書の一節にかんする奇妙な短編
などが陳列して 口笛の吹かれるのを待っている
至福と言って言えないことはない

あしたの洋服を用意する
むかしもらったスタジアムジャンパー
丁度いいサイズのデニムロールアップ無し
よれてきてるけどあたたかいトレーナー
これもまた 私服と言って言えないことはない

彼は
ちいさな機械を組み立てるときのように
字を書く 定着するインクとアナウンサーの声
世界情勢 母の作る蓮根の揚げ焼きのカリカリの端
啓示的といえば言えないこともない雑音の中

ペーソスは探せばいくらでもあり
楽観主義者にだってなろうとすればいくらでも
SNSやメールの返信 溜めずに
と書いてみたはいいものの自信はなし

ほんと? うそ のらぼう菜のお浸しを
つくってるときの あのひとことは うそ 実は
旅は思うよりしたほうがいい
旅先の暗く冷たい心細さや 寄せては返す旅情
それに見知らぬ観光客にまじって
旧所の説明書き ぼうっと読めたりもして
いいことづくめだ

今夜の面白いエセーは
放哉を勧めてくれた古本屋から買ったもの
ふと手にとってかばんにいれた
読んだことのない作家の 内容も知らないエセー
はじめて降りる駅にひとつだけあった公衆電話で
知らない番号にかけるようにして彼は読む
プルルルル

れんらくじこうは てきじゃない
もう非通知からの電話は何年も来ないし
電話もコミュニケーションもこわがらなくていい

彼は
だれかのひそやかな声を聞いて眠るのがすきだ
でも それは非通知電話の相手じゃない

もしかしたら
数回のコールの後 奇妙な声で出た
あの古本屋の声
そのエセー、面白いっすよねえ
放哉みたいに
というゴムの伸びたジャージーのようなあの

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