川内有緒『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』(書評ラジオ「竹村りゑの木曜日のブックマーカー」2月24日放送分)
※スマホの方は、右上のSpotifyのマークをタッチすると最後まで聴くことができます。
<収録を終えて>
( 毎度のことではあるのですが)もっともっとお話したいことがいっぱいあったのに……! と、悔いを残しながらの収録でした。
むしろリスナーさんのお隣に座って、作中に挟み込まれるアートの写真を指差しながら一緒に感想を言い合いたいくらい。
思えばその近さは、1つのアートを前にした時の川内さん(著者)と白鳥さんの距離なのだと思います。
番組内でもご紹介しましたが「お互いがお互いを補う器官になっている」ような川内さんと白鳥さんのアートの観賞方法は、自分にできることと相手にできることを緩やかに結んでいく、心地よい距離感を感じさせます。
放送の中では、白鳥さんを介して感じる「見る」ことの奥深さ、ただ映像を自分の網膜に映すことだけが「視覚」なのではなく、他者の網膜を借りて自分の心に映すことも、また「視覚」なのだということをお伝えしたくてお話をしました。
更に時間があればもっと詳しくお伝えしたかったのが、この本ではアートを介して「社会はどのように、規定の外にあるものと関わっていくのか」という問いを投げかけていることです。
川内さんと白鳥さんは共に様々な美術館へ足を運びますが、その中の1つに福島県猪苗代町の「はじまりの美術館」があります。蔵を改修して作られたという小さな美術館で、障がいのある方の作品を中心に展示を行っているところだそうです。
お二人が訪れたときは、「わくわくなおもわく」という8組の作家が参加するグループ展が行われており、折原立身が認知症と鬱を発症した母親をモデルにしたユニークな写真シリーズ《アート・ママ》や、滋賀県甲賀市にある福祉施設「やまなみ工房」で創作活動を続ける酒井美穂子の作品《サッポロ一番しょうゆ味》などが展示されていたそうです。
少し寄り道をしてお話をすると、障がいのある人が作るアート作品は「アート・ブリュット」や「アウトサイダーアート」と呼ばれて、近年は特に注目を集めているジャンルです。
最近のものでいうと、知的障がいのある方とライセンス契約を結び、そこで生み出されたデザインを使って、ファッションなど様々なライフスタイルを提案している「ヘラルボニー」という会社があります。
リンク先から分かるように、格好いいのです……! シャツ欲しい!
障がいのある方に対し、ボランティアや募金のような気持ちで支援するという意味合いではなく、今までにないエネルギーを持った新しいジャンルとしてアート・ブリュットが注目されているのです。
そんな社会の流れを力強く後押ししてくれる言葉として、この本の中で紹介されているのが、「わくわくなおもわく」にも作品を出展している福祉施設「NPO法人スウィング」の代表の木ノ戸昌幸さんの著書の一節です。
ギリギリセーフではなく、ギリギリアウト。
身をもって未知の領域に飛び込み、そこに踏みとどまることで、後に続く人たちの居場所を作っていく。
裏を返せば、強固に思える社会の規範も、実は柔軟に形を変えると言えます。
思っているよりもずっと、常識と非常識の境界線はグニャグニャしていて変わりゆくものだということ。
それを知っていれば、自分の生きやすさのために、誰かの生きやすさのために、ギリギリアウトに向けて足を踏み出す勇気も湧いてきそうです。
1820年にロシア人によって南極大陸が発見されたことで、地球上には前人未到の地はなくなってしまったそうです。
でも、常識の外側には、まだまだ未開のエリアが広がっていて、人類が到達するのを待っているのかもしれません。
そしてそこには、ヘラルボニーのシャツやバッグのように、何かきらきらした素敵なものが埋まっているのかもしれないのです。何だか、わくわく!
著者の川内さんと白鳥さんが見せてくれるのは、常識と非常識、私とあなた、障がいのある人とない人、見えると見えない、いろんなものを分断する境界線です。
そして2人は境界線を束ねて大縄にして、端と端を持って、ぐるぐる回しながら読者が大縄跳びに加わるのを待っているようです。
私達は、楽しくぴょんぴょん縄を飛んでいるうちに、自分が今、境界線のどちら側にいるのか、セーフ側なのかアウト側なのかなんて、気にならなくなってしまって、ただこの時間がとっても楽しいねと笑い合える相手がいることが単純に嬉しくて、ウキウキしてしまう。
そんな不思議なイメージが『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』にはありました。
は〜もっと美術館巡りしたいな。
1つの企画展で1日潰れてしまうくらい、ゆっくりゆっくり作品が見たいな。
それでは、今日はこのあたりで。
またお会いしましょう。
<了>
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