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For Those I Love / For Those I Love

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アイルランド、ダブリン生まれのデヴィッド・バルヴィによるプロジェクト、For Those I Love(私の愛する人のために)。自叙伝的な内容であり、ジェイムスブレイクなどと比較されるサウンドの上に自叙伝的な歌詞が載ります。

2008年のアイルランドの不況が国の経済を破壊したとき、ダブリンの都心部であるクーロックとドナミードのコミュニティは大きな打撃を受けました。現在29歳のバルヴィは、その渦中で青春時代を過ごします。周囲では不況のために職や住処を失った家族もいて「なぜこれが僕達の身の上に起きるのだろう」と自問自答する日々を過ごす。治安も悪化し、通りの先に死体が捨てられたこともあったそうです。

その中でバルヴィは音楽、バンド活動に希望を見出していきます。両親の裏庭に小さな小屋があり、そこに仲間たちと集まって音楽を作る。それが先の見えない時代の慰めとなりました。

ところが、仲間の一人で親友だったポール・カランが2018年、18歳の時に自殺してしまいます。彼は打ちひしがれますが、だんだんと曲作りを再開。親友の死を乗り越えるのはタフなことで、今もPTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩まされるそうですが、それでもこのアルバムは出来上がった。本作はアイルランドの労働者階級の生活と苦悩、そしてカランに捧げられた自伝的な内容になっています。

本作はデビューアルバムながら各種メディアで絶賛され、Metacriticで89点という高得点で興味を持ちました。聞いてみましょう。

活動国:アイルランド
ジャンル:Progressive House
活動年:2020-現在
リリース日:2021年3月26日

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総合評価 ★★★★★

質量と感情を持ったハウスミュージック。ダンスミュージックとしての機能は強く、きちんと踊れる。所々テンポダウンし、そこからまた4つ打ちに戻る、フロアが沸く仕掛けも入っているが、その上にナレーションで切々と悲しみや死んだ友人への思い、自分の苦しみが吐露される。どちらかといえば淡々と語られるその物語が音楽に質量と重さを与え、ダンスミュージックの高揚感、解放感と、引っ張られる重力が混在する独特の音像になっている。ハウスミュージックとしてもフレーズが美しく、何度も聞きたくなるアルバム。個人的に、ときどきハウスミュージックには「思い出に残る名盤」があるのだけれどそこに仲間入りするであろうアルバム。

1.I Have a Love ★★★★☆

ピアノの音、和音が反復する。ボーカルが入ってくる。ナレーションとヒップホップの中間的なボーカル。一定の拍は踏んでいるがヒップホップではない。語りに近い。ピアノの和音が鳴り響く。ビートはかすかに響いている。コーラスのメロディが反復される。笑いあう声、日常風景がサンプリングされる。追憶。記憶が音にパッケージされる。死んでしまった友人とのやり取り、ボイスメール、動画などをサンプリングしたそうだ。反復するピアノフレーズをキャンバスとして、その上に様々な思い出が載せられていく。ビートが4つ打ちに変わる。美しいハウスミュージック。ゆったりとした優しいテンポ。

2.You Stayed/To Live ★★★★☆

煌めくキーボード、加工されたボーカルが反復される。解放感と哀切が混じっている。ナレーションが入ってくる。ちなみにハウスというのはBPM110~130ぐらいのダンスミュージックで、もともとは1970年代にディスコブームの後に生まれたジャンル。ディスコに比べるとより機械的(シンセサイザーによる打ち込み)主体で、同じフレーズの反復などを特徴とします。シカゴの「ウェアハウス」というクラブで生み出されたジャンルであり、「ウェアハウスミュージック」がレコードショップで「ハウスミュージック」と略されてジャンル化、ラベル化したことが語源だそう。この曲も同じフレーズが反復されながら織りなされ、ダンスミュージックの肉体性を持ちながら悲しみがその後ろにある。踊ることによって悲しみを振り切ろうとするような明るさがある。女性ボーカルも入ってくる。会話が入る。終曲。

3.To Have You ★★★★☆

語り声、日常音、さまざまな会話やシーンが出てくるのが音に広がり、空間を与えている。ただ、語りがそれだけで存在するのではなく、ベースとなるサンプリング、ループはバックに流れていて、曲の枠内にそれらがちりばめられている。リッチーホウティンアヴァランチーズは無数のサンプルソースから音を組み合わせて1枚のアルバムを作ったが、このアルバムは無数の思い出を組み合わせて作られている。音像としては本当に明るい。解放感があるがその中に哀愁がある。Manitoba(現Caribou)のStart Breaking My Heart(2001)を思い出した。あれもカラッとした音像なのにどこか哀愁があるハウスミュージックだった。最後、クリンゴン語?(スタートレックに出てくる架空の言語)のようなものが入る。

4.Top Scheme ★★★★

ヒップホップ的なボーカル、韻を踏んでいる。バックの雰囲気は変わらず。

5.The Myth/I Don't ★★★★☆

ちょっと雰囲気が変わる、ブレイクビート的、踊るというより沈み込む音。重めのビート、揺らぐような、叫び声のような加工された声のサンプリングループがメロディを奏で、その上にナレーションが載る。重めの、コンクリートのような質感の曲。だんだんとビートが強くなる、加速していく。クラウトロック的な、スペーシーでテクノ的なサウンドが飛び跳ねる。そこから4つ打ちに変わる。重さを振り切るようにフロアに戻る。ここまでがThe Mythだろうか。そのまま曲調が変わりヒップホップリズムに。ただ、ベースの音は極端に強いソニックブームのような音まではいかない。どこか控えめで漂うような低音。そのうえでダウナーなボーカルが乗る、アウトロ的な短めのシーン。

6.The Shape of You ★★★★☆

声を加工したような音がミニマルなフレーズをループする。その上にナレーション的なボーカル、吐露するような。女性ボーカルのフレーズが反復される、ややMobyPlay(1999)も思い出す。たとえが古いのはこのころからあまりハウスミュージックを聞いていないから…。しかし、こういう強い質量、存在感を持ったハウスミュージックは久しぶりに聞いた気がする。さまざまな強い感情が込められているのを感じるが、かといってハウスミュージックのフロア感、踊れる感じは失われていない。あくまでダンスミュージック、抱擁するフロアの酩酊感、ピースフルで温かい雰囲気を纏っている。それがその後ろにある悲しみと共鳴する。

7.Birthday/The Pain ★★★★☆

遠くで響く群衆の声のようなとディスコ的なベースライン、そのままディスコサウンドが前面に出てくる。ベースがややルートを外れ、低音として地面を作り、その上に立ってボーカルがストーリーを紡ぐ。緊迫感があるが能天気なディスコ的なフレーズはずっとループしている。外側の喧噪、パーティーと内面の孤独が共存するような音。再びディスコ的な音が出てくる。ああ、タイトルが「バースデイ/ザ・ペイン」とあるのは、このパーティー感がバースデイで、ペインが苦しみか。確かに両方が存在するような音。本来はお祝いだった日が、死んでしまった友人を思い出して悼む日にもなってしまったという表現だろうか。最後、ラジオから流れてくるようなどこか遠いボーカルパートと語り声。曲が去っていく。

8.You Live/No One Like You ★★★★☆

ラウンジミュージック的な、優美な音像が遠くで響いている。だんだんその中からビートが立ち昇ってきてハイハットの音がくっきりと浮かんでくる。ナレーション的なボーカル。「お前は愛の中に生きていて、決して消えない」とうフレーズでボーカルが終わる。友人の好きだったものや語り合ったこと、仲間たちのこと、そうしたものを連呼し、思い出を語り合っている曲のようだ。何かのシーン、誰かがスピーチをしている。ソウルフルな曲調の曲が遠くから流れてくる、これは丸ごとサンプリングだろうか。

9.Leave Me Not Love ★★★★☆

ヘヴィでやや沈み込むような質感のピアノとベース、ナレーションが入ってくる。浮遊感があるコズミック、スペーシーなアルペジエーターの反復が入ってきてテンションが上がり始める。そこから控えめな4つ打ちに変わる。軽やかなリズムで、あまり重低音は響かず歯切れがよい。ドゥンドゥンドゥンドゥンではなくダンダンダンダン的な。歯切れは良く、どこか音に丸みがある。さまざまなフレーズが反復され、積み上げられ、音空間が織りなされていく。加工されたボーカル、ブラスセクション、ナレーション。「僕は愛を持っていた、それは悲しみで満たされた」。感情の昂ぶりを感じる声で歌が終わる。最後は誰かの曲のサンプリングのようだ。ソウルフルな声が入ってくる。



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