感情の消えた夜 境界線 Ⅰ
灯りが眩しくなり出す夕暮れ。
少し肌寒い夏の終わり「ずっとあなたを私だけの永遠にしたかった」そんな風に彼へ伝えた夜、全ての終わりは始まる。
大学を卒業した私は特別不自由な生活を送るわけでも、特別恵まれた生活を送るわけでもく、子供と大人の境界線を行き来しながら、社会という特殊な国へ旅立つ準備をしていた。
その頃の私は友達もそれなりに居たし、どちらかと言えばいつも誰かと遊びに行っていたのだけれど、何をしても誰と過ごしても満たされなくて。
誰かが口にした厳しさや誰かが手にした優しささえも、底の抜けたカップにコーヒーを注ぐ様な、蓋をきつく締めた瓶に水をかける様な。満たされようがない事ばかり繰り返していた気がする。
彼を初めてみたのは少し変わった音楽好きのマスターがいる喫茶店。
喫茶店と言ってもバーに近い感じの個人経営のお店でメニューも気分次第で頻繁に変わるし、一貫してお洒落な印象はあったけれど、全く知らない外国の映画や音楽が流れていて不思議な空間だったなと今でも思う。
中学生の同窓会で久々に会ったクラスメイトに紹介されてから行く様になったお店で、家からバスと電車で四十分と少しの所だったけど、週に何度か通って他の常連客がする終わりのない会話を耳にしながら本を読むのが習慣になっていた。
水滴の音が弱くなって雨上がりの空気が肺から頭の奥の方に染み込んだ時、彼は突然扉を開けて店に訪れカウンターの一番奥へ向かい「今日残ってるやつで」と一言つげてメニューも開かず椅子に座り煙草を吸う。
その日は私が通い始めて2、3回目位の時だったかな。元々常連のマスターの友人でやはり少し変わってはいるけれど、空気感が独特で私が彼に引き寄せられ始まりと終わりが訪れるのまでに、そんなに時間は掛からなかった。
夏の手前、雨が降り止み街灯や店の看板が眩しくなり出す夕暮れ。
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