プペルとエンデとスティーブ・ジョブズ
※少し映画本編の内容について書いてあります。
昨日、映画「えんとつ町のプペル」を一人で観賞してきた。
僕なりに色んな学びがあったので、書いてみたいと思います。
あくまでも、映画の解説などではなく、僕が個人的に得たことについてです。
昨年の暮れに西野さんの書籍「ゴミ人間」を読んで、この映画がどのようにしてできたのか、映画公開までのドラマの一端と西野さんのこれまでの戦いや信念を覗き見ていたから、昨日はその結晶がスクーリーンで爆発する様をただただ涙とともに見届けていた。
西野さんご本人が「夢を語れば叩かれるこの世界を終わらせに来ました」と語っていたように、それがこの物語のメインとなるメッセージなんだろうと思う。
でも、僕がこの映画から得たものはそれだけじゃなかった。
書籍「ゴミ人間」には、「学び狂って、強くなれ」という言葉がある。
僕がこの本を読んで最も心に残った言葉だ。
昨年、2020年は、世界中の誰にとっても難しい1年になったと思う。
僕も例外ではなく、生活も変化した。
毎日通勤していた会社に行くことができず、家にいる時間が長くなる中で、なんとか自分でもこの状況を打開する力を得ようと本を読みはじめた。
全く大した量ではないが、何冊かの読書をきっかけとして自分と向き合い考える時間も増え、同時に自分には「学び」と「行動」が圧倒的に足りていないという気づきを得ることができた。
道を切り開くためには「学び」続け、「行動」し続けることが必要不可欠であると。
また別の記事にもいつか書きたいと思っていたが、学び方の参考にしている書籍の一つに、山口周さんの「独学の技法」という本がある。
そこでは、不確かな時代を生き抜く為にリベラルアーツをいかに自分のものにしていくか、その意義とノウハウが書かれていて、基礎となる教養を学ぶにあたっての具体的な有用書まで紹介されている。
僕は、そのブックガイドの中の一冊、「エンデの遺言」という本を読みはじめていた。
「エンデの遺言」は、ミヒャエル・エンデというファンタジー作家によるお金の話。
まだ最後まで読めていないが、エンデの主な主張は、「すべての物質は時間とともに劣化しやがて消えて行くのに、お金だけはどれだけ時が経っても価値が変わらない。それが現代の経済システムの問題であり、環境破壊や貧富の格差などの社会問題の根源は、このお金の性質である」というもの。
映画をご覧になられた方はもうお分かりだろうが、この内容に繋がる話がなんと「えんとつ町のプペル」に登場するのだ。
そう、物語の中でも重要なエピソードとして登場する“腐るお金”、「L」である。
実は、この腐るお金「L」の設定は、「エンデの遺言」の本の中にも出てくるシルビオ・ゲゼルという経済学者が考案し実在した「ゲゼルマネー」という通貨をモデルとしており、そのことは西野さんご本人がプペルの公開よりずっと前に自身のブログで既に紹介されている。
しかしそんなことは昨日の時点では全く存じ上げなかった僕は、勝手に「自分がプペル関係なくちょっと勉強してたことが映画に出てきた!」と嬉しくなった。
これは、「テストに出ると思って勉強していたら本当に出てきた!」類の喜びとは全く別の、
「行動して見つけたことが、後になって“思いもよらない”形で繋がった!」という、僕の場合かなりささやかではあるが、学び、動いたからこそ繋がる線を見つけた時の喜びだ。
「L」だけではなく、オリラジ藤森さん演じるスコップによる「働かないアリ」についての話など、映画の中に散りばめられている教養の種は他にもきっとたくさんある。
「えんとつ町のプペル」は、「夢を諦めるな」というメッセージだけではなく、これからもくもくと煙の立ち込める空を見続け、駆け上がって行くために欠かせない、「学び」へのヒントが詰まっていたのだ。
プペル観賞前夜、堀江貴文さんがスティーブ・ジョブズの有名なスピーチより、“Connecting the dots”という言葉を引用してお話しされている動画を見ていた僕は、まさに“dots”が“Connecting”することを体験した瞬間だった。
“Connecting”の瞬間は、学びと行動の果てに、思いもよらない形で訪れるのだ。
昨年、僕は「ゴミ人間」を読んで、これは自分にとって無視できない物語であると感じた。
今まで誰もやってこなかったであろう方法で、今まで誰も見たことがない何かを見ようとしている、または見続けている人からの一つの答えとして、映画「えんとつ町のプペル」を観ておきたい。そう思った。
「学び続け」、「行動し続ける」こと。
コロナウィルがもたらした、「自分には学びと行動が圧倒的に足りていない」という一つの気づきにより、ささやかではあるが僕は「学ぶこと」を人生で初めて意識して、ささやかではあるが学びと行動により“dots”が“Connecting”することを身を持って体験した。
ちなみに、僕がnoteやTwitterで発信を始めたのも、その気づきがきっかけだ。
(※よろしければ、Twitterもご覧ください。プロフィールにリンクを貼っています。)
https://twitter.com/yasu97927214
そして思い返してみると、行動がもたらす“Connecting”を体験したのはこれが初めてではない。
繋がらせるつもりもなかった点と点が、学び行動する過程、その結果として繋がった経験が、今までもあって、その気づきすらも今“Connecting the dots”なのである。
僕は、映画「えんとつ町のプペル」は、一足先に雲の向こうの星を見てきた西野さんからの、強く優しい応援歌であると思う。
「雲を晴らすには、学び狂って強くなるんだ」と。
そして没頭した時間から得た学びがCnnectし、自分だけの、世界にどこにもない形をした武器になる。
もしかしたら、雲の上の遥か彼方、銀河の果てでは、映画も本も、お金もアリも、全てはそもそも繋がっており、それぞれにクロスオーバーしながら世界を形作っていて、学びや行動の過程や結果で自分だけの線を描いて行く、そういう作業なのかもしれない。
ジャンルを超えて。
常識を超えて。
最後に、ルビッチとスコップのやり取りより。
「出口はどこ?」
「こっちだ」
「壁だよ」
「壊せばいい」。
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