在学中にやった10のバイト#前編
高校3年生の春休みから大学入学、卒業して、来年の春までの間に10ものアルバイトを経験していました。自分でも驚くくらいさまざまな業種についたし、長く続けていたものや短期のものもあるので全部紹介してみようと思います。
1.携帯ショップのキャンペーン
高校卒業してから半年間の間、携帯ショップの販売のキャンペーンをしていました。きっかけは友人の紹介。だいたい派遣会社のキャンペーンは紹介されるといくらかもらえたり、なんらかのメリットがあったりする。
携帯ショップの販売で入った当初は、家電量販店、キャリアの店舗、などの場所に配属され、仕事をします。主に、ティッシュ配り、ガチャポンなどの誘致イベント、声かけ、などです。商品知識はおいおいついてくるものなので最初の頃につまづくのは、お客さんからの質問を上司にちゃんと伝えられるかどうか。
この格安SIMが〜、今○○の光回線契約してて〜、と、専門用語が頻出してきててんやわんやになる。自分はとにかく誤魔化せないので、平謝りするも逆に怒られ、的確に聞き取る能力が身につきました。
最初の1ヶ月はやはり知識。他のキャリアとの比較や他社のスマホの違いなど、機械音痴だった自分なりに勉強をして、お客さんの質問などを噛み砕きながら日々勉強してました。結構楽しかったし、納得しておススメするとちゃんと伝わります。
半年経った頃、ショップの店長さんに理不尽に怒られたことがメンタルにきて退職。家電量販店のショップ店長だったのですが、外回りから帰ってきた店長に挨拶しなかった?ことが原因で、職務怠慢だ!明日からもうくるな!と言われてしまいました。週ごとに場所が変わり、3日連続で同じ店舗で仕事をしていた2日目で、1日目のピリピリした空気を感じながら仕事をしていました。店長もアルバイトにあたってしまいたかったのでしょうか?今思えばこちらから願い下げといったところ。。。
お仕事自体はやりがいを感じていたので、ここまでストレス抱えてる人がいる店舗に配属されるなら、他の仕事探そっかな〜潮時だな〜と思い退職しました。派遣会社なので特に難しい手続きなどもなく、スッと辞められました。
2:スポーツインストラクター
15年もの長い間続けてきた器械体操で、卒園生として教えるスポーツインストラクターの仕事をしていました。バディースポーツクラブという変わった幼稚園で、鉄棒やら、跳び箱、バク転や宙返りなども教えています。
幼稚園から器械体操を続けてきたおかげで、自分で言うのもなんですが運動神経は抜群。スキーや水泳など、体育では大活躍していました。
という話はさておき。
小学生の器械体操では、基礎技を足先手先まで神経を張り巡らせて演技を行います。基礎中の基礎が、難しい技への足場になります。その中でも一番重要なのが柔軟。技の受け身や、しなやか、軽やかな動きをする上で、体の硬い体操選手はまずいません。
数年ブランクがあったぼくはもちろん、一日柔軟をしないだけでパフォーマンスに影響が出ます。
教えることとしては、低学年の柔軟や基礎技のサポート、高学年の大会勢の高難易度技の補助や新規技の指南です。
小学生だからと言って侮るなかれ、大会上位勢は大車輪から着地技まで、一連の流れをスムーズに行う身のこなしはプロも顔負けです。というか、むしろプロです。
百聞は一見にしかず。教えるだけでなく、手本に演技することもあります。
全身の筋肉を使うため、鍛えていないと思うように動くことはできません。物覚えのいい子供たちには教える上でもみてもらう方が、いいです。
幼稚園生も体操の時間があって、学芸会のように体操で発表会のようなものがあります。そこで審判をやっていたこともあるのですが、跳び箱8段を跳べちゃう年長さんや、バク転の練習をしてる子まで、ゴールデンエイジ期の子供の吸収力、本当にすごい。
3:某アパレルショップ店員
規約上会社名は伏せますが、高校の時から好きだった雑貨やら家具やら品質のいい商品を取り揃えてるブランドの店員を3年やってました。
ここで学んだことはとにかく多くて、人間関係もそうだし、マニュアル通りにはいかない接客、サービス業ならではの土日の混み具合。
このブランドが好きなファンの人たちが、毎日買いに来るからこそクレームに発展してしまうこともありました。それだけ期待値が高いブランドで、誇りを思って業務に当たっていました。
東京の中でもかなりお客さんが多い地域で、商品知識や、実際に使ってみたレビューなどをもとにオススメしてきました。
アルバイトに興味を持ったきっかけはデザイン。
シンプルで飽きの来ない形がどうしてこんなにも愛着が湧くのか不思議でしかなかった。作り手として大学で勉強するうえでも、売り手の気持ちは知っておくべきだと思い、バイトを始めました。
いろいろなご縁があり、このブランドのことをもっと好きになりましたし、このブランドがきっかけでデザイナーという仕事に就くこともできました。
伏せてることもあり何が何だか、という文章になってしまったのでこの辺にしときます笑
4:デザイン事務所でアシスタントデザイナー
デザインの実務として9ヶ月従事していました。
想像していたキラキラしていたデザイナーとは少し違い、打ちのめされた記憶があります。思い出にはせずずっと心に刻んでいくつもりです。
上司のデザインは本当に魅力的なものしかなく、こんな身近で参考にするにはもったいないほど、日々勉強でした。
だからこそ自身のキャパに限界を感じた所もあります。
まだまだだ、ここに来るには早すぎたのかも知れない。
実力を思い知った9ヶ月でした。
5:コールセンター
デザイン業務とはうってかわって、政治の仕組みについて勉強するため、某支援金のコールセンターにいました。コロナ関連の支援金で、公認会計士や経理関係の問い合わせに対応する業務です。
これがびっくり驚くほど暇。
空いてる時間は支援金の仕組みを片っ端から脳みそに詰め込んでいきます。
この仕組みが意外と面白いんです。
政府の対応とか、個人事業主の仕組みとか、知っている人だけが得をするシステムになっているんですよね。
不平等じゃないか!と初めは思ったのですが、そうじゃないんです。
支援金の存在を知って、仕組みを理解して、的確に扱える人だけが、給付金を得られます。
ただ単にばら撒かれるのとは訳が違う。
正しい情報を、正しく扱える人だけが、その資格を得るという事。
たった1ヶ月の限定でしたが、政府の対応の速さには驚きましたし、また非常事態になった時には身を守るための知識として勉強になりました。
勉強がてらお金得るバイト
お金を稼ぐにはお金を稼ぐ方法を選ぶのが1番お金がもらえます。当たり前ですね。
ぼくは、金銭的にもゆとりが欲しいけど、知識も同時に得たいと思ったので勉強になるバイトをたくさんしてきました。
学生とか関係なく、世の中の摂理を知ることって実際の仕事をしてみたり、経験しないとわからない事だらけなんだと、心から思います。
残り5つのアルバイト
後編に続きます◎
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