連載小説《Nagaki code》第15話─照内さんのコーヒー
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「長岐君、楽しそうに働くよね」
区分けの最中、照内さんは突然そう言った。僕はそれに答える。
「だって……楽しいですもん。こうやって、誰かのために何かしてるのが」
「へぇ……」
「この仕事、やっぱり好きなんじゃないかって思ってます。僕、これからも頑張りたいです!」
「俺もそのくらいの気持ちで毎日仕事してるぜ! テルにもこれくらいやる気持ってほし……いててて!」
脇から話に入ってきたカズさんは照内さんにほっぺたを抓られた。変顔になったカズさんを見て、僕と照内さんは爆笑した。
「あははっ! カズさん、ばがけだな!」
『ばがけ』……つまりは『おバカさん』と、山崎さんも大爆笑。区分けの作業をしていた佐伯さんはその様子をにっこりと温かく見守っていた。
僕の働く職場はいつもこんな感じ。ただ、仕事はきちんとこなしている。今まで誤配などの事故はゼロ。それが俺らの誇りだと照内さんは言う。
「気張り過ぎないんだよ、俺らは」
照内さんがそう言えば、職場のみんなは頷く。
「みんなゆるーく頑張ってんだ。肩に力が入り過ぎてると、本来の力も出せないからさ。ゆるく、でも不真面目じゃなく、仕事してんの」
職場の雰囲気がいいのは、張り詰めた空気が一切ないからではないか。でもゆる過ぎず、仕事をしっかりこなせるような空気が整っている。ここに就職して働き始めて、僕はそれを確信した。
いろんな事を思い返しながら、僕はコーヒーに砂糖と粉末のミルクを足す。角砂糖3つ、ミルクはスプーン2杯分。それが照内さんの標準値。
このコーヒーをこの職場だとすると、その黒い海に沈んでいく角砂糖はまるで僕のよう。崩れて、溶けて、最終的には同化する。
職場の空気は、慣れてきた。照内さんの呑気さには、いつか慣れる日が来るだろう。それまでは、ゆっくり、ゆっくり、溶けていこうじゃないか。まだ始まったばかりだ。
照内さんの顔を思いながら、僕は角砂糖とミルクの溶けたコーヒーを持って給湯室を出た。
*
ある日の休憩中。僕は給湯室にいた照内さんに声をかけた。
「照内さん、バイトやってる時に靖歩ちゃんに言われたんですけど『ネコ』ってどういう意味ですか?」
「長岐君、『ネコ』知らないのか」
「はい」
すると照内さんはコーヒーを置き、いきなり僕の両手首を掴んで壁に押し付けた。
「『ネコ』ってのはな、同性愛の用語で『受け』を意味すんだよ」
「えっ……ええーっ!?」
照内さんの顔が近い。キス出来そうな距離だ。嘘、まさか……!
「俺にその気はないけどな」
そう言うと照内さんは僕を解放し、置いていたコーヒーを飲み干し、何事もなく去って行った。僕は壁に沿ってずずっと身体を沈ませ、呆然としていた。