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連載小説《Nagaki code》第25話─同級生・石垣湊斗

《前回のあらすじ》
 桜の木の下で、雪乃に「頑張るよ」と誓った晃乃。
 大切なことを気づかせてくれた恵理紗に感謝の気持ちを伝える。
 季節は、春から夏へと変わっていった。

 夏が始まった。最後まで梅雨明け宣言されなかった秋田の夏は、しつこい程の湿気に見舞われていた。
「あぢぃ……」
 夜勤を共にしたカズさんは、外に出るなりしんどそうな声を上げた。午前8時の太陽は妙に高く昇っているように感じられ、ギラギラと眩しく鋭い矢のように降り注ぐ。加えて、身体にまとわりつくような湿気もある。カズさんの表情も、心なしかだんだん溶けてきているように感じられる。
「今日も暑いですね。職場にいると冷房が効いてるから気づきませんでしたけど」
「ほんとだよ……。家帰ったらクーラーガンガンに効かせてビールでも飲むかな」
「お昼からお酒ですか?」
「こんな日くらい許してくれよぉ」
 心底参ったようにカズさんは言いながら車のキーを取り出し、離れた場所から解錠した。
 
 *
 
 駐車場でカズさんと別れた後、僕はフリードを走らせていつものコンビニへ向かった。カズさんの話を聞いていたら、僕も無性に昼間っから酒が飲みたくなったのだ。我ながら流されやすいな、と心の中で少し苦笑いしてからコンビニに入店する。
「いらっしゃいませ、おはようございます」
 朝から元気の出る店員さんの声に背中を押され、僕はお酒コーナーへと向かう。まずはビールかな。いや、アルコール軽めのチューハイにしておこうかな。たまにはカッコつけてハイボールでも飲んでみようかな。お酒の棚の前でそんな事を考えていると、お酒コーナーのすぐ横にあるバックヤードの扉がヌルッと開いた。
「おー、長岐。おはよー」
 出てきたのは、青いシマシマの制服を脱いで私服に戻った石垣だった。少し眠たそうに目を擦っている。
「おはよー。夜勤明け?」
「そうそう、やっと終わったぜ」
 肩をグルグル回す仕草をして、石垣は大きくあくびをする。
「てか長岐、まさか昼間っから酒か? お父さんはお前をそんな子に育てた覚えはないぞっ」
 腰に手を当て、石垣がふざけてそう言うものだから、「誰がお父さんだよ」と僕はクスッと笑った。
「あー、でもいいな。昼酒か。……俺も飲もっかな」
 一転、いたずらっ子のようにニヤリとこちらを見る石垣。昼酒は伝染するんだな、と僕は心の中で苦笑いをして「一緒に飲む?」と石垣を誘うのだった。
「あっ。せっかく飲むなら公園で飲まねぇ?」
 突然石垣はそんな事を言ってのけた。
「明るいうちから公園でお酒? ちょっと石垣、やめようよ。周りの人に変な目で見られない?」
 戸惑いながら僕がそう言うと、石垣は「チッチッチッ」と人差し指を振った。
「それがいいんだよ長岐君。世の中の人々がせっせと働いている中、陽のあたる場所で飲む酒……。圧倒的背徳感と罪悪感! これこそ至高! わかるかい、長岐君?」
 どっかのオーバーアクションな塾講師のように、石垣はベラベラと持論を語る。そういうところ、高校の時から変わってないよなぁ。
「よくわかんないけど、石垣が面白い奴だっていうのは昔からよくわかるよ」
 僕はそう言ってまたクスッと笑った。
 
 *
 
 薬師岱公園までやって来た僕達。神社の鳥居の近くにある、木陰になったベンチに座った。木陰と言っても多少は暑いけど、見晴らしのいい山の上にあるこの公園には海からの心地良い風が吹いてきている。
「人も少ないし、今日は風もあるし、なかなかいいんじゃね? 公園っていうチョイス、俺マジでナイスだわ」
 缶ビール片手にドヤ顔をかます石垣を「はいはい」と軽くいなし、僕もレジ袋から缶ビールを取り出した。プルタブを引くカシュッというふたつの音が、人影のない広い公園内に響く。
「じゃ、お互い夜勤お疲れってことで! 乾杯!」
「かんぱーい」
 石垣が乾杯の音頭を取り、僕達は互いの缶を掲げた。
「ぷはーっ! うめぇ!」
 満面の笑みでその一口を飲んだ石垣。何とも清々しい顔だ。
「ほんと、美味しいね」
 夜勤明けの身体に、5パーセントのアルコールが充分に染み渡る。職場を出た時に鬱陶しく感じた太陽も、今はその眩しさが丁度良く感じるのが不思議だ。海から吹いてくる風も、心地良く僕の汗を乾かしていく。

「そういえばさ」
 2本目の缶ビールに手を伸ばした石垣が口を開く。
「長岐、仕事決まってから変わったよな」

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