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早起きは何文の得なのか
5日ほど前から早起きを再開した。
結婚当初は完全にハイになっていて朝5時半に起き、部屋にクイックルワイパーをかけ、お弁当のためにおかずを3品作り、簡単に朝食を作って、そのあと洗濯機をまわして...と動き回っていた。しかし1カ月も経つと飽き性のわたしはだんだんとあれ?掃除のおばちゃん来てくれるんだからわたしは掃除しなくてよくないか?となり、クイックルしなくなった。
弁当作りにも飽きて朝から3品も
自分を捨て、日々十字架を負い、そしてイエス様について来なさいというのは良き知らせなのではないのかと思った話
だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。ルカ福音書9:23
このみ言葉を聞くたびに、緊張で心臓の奥がきゅっとなっていた。自分を捨てるというのは、痛みがあるから。
すごく嫌な言い方をすると、このような厳しいみ言葉は福音の副作用のようなものだと感じていた。
「悔い改めてイエス様を救い主として受け入れるならば、救われて永遠の命が与えら
わたしのすきなところをみっつ
わたしのすきなところを三つ言ってみて、と彼に頼んでみた。恥ずかしいお願いごとだけれど聞いてみたくなった。
彼はわたしとは全く違う人格を持っていると思っている。彼は、なんというか、すごくタフなのだ。
たとえばわたしが他人から言われた些細な言葉をずるずると引きづって怒ったり悲しんだりしがちなのに対して、彼はある程度怒ったらゲームをしたり映画をみたり筋トレをしたりして気持ちを切り替えることができる。
わたしのことやないかと思った話
高校を卒業したあたりから、人生がとても大変になった。
家族にも友人にも教授にも恵まれているのに、人生が大変。
自分が浮いたり沈んだりしていることにも気づけないほどの、気持ちの浮き沈み。
人と会えば明るく話せるのに、ボランティアで走り回れるのに、その後どっと疲れ誰にも会いたくなくて引き籠る2日間。
自分が完全な状態でないと外に出られず人と連絡もとれなくなってしまう。
自分のどこかがおかしい