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妻が母になり私が父になった日
「陣痛がきた気がする」と妻が不安げな顔でつぶやいた。
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6月の日曜の夜、妻の実家に帰省していた。二日後に控えた出産予定日に備えて入院準備をするためだ。
20時ごろ夕食を食べようという時に妻がお腹が張って腰が痛いと訴えて、リビングをうろうろし始めた。しまいには立っていられずソファに横になり青い顔をしている。
妻が「まだ予定日前だし痛みも等間隔でなければ陣痛じゃないよ」と言いながら時間を計るときっかり10分間隔だった。陣痛だ。
私は全く心の準備が出来ていないが妻は予約していた陣痛タクシーに予定が早まったと自分で連絡している。
急遽妻と義母を乗せたタクシーで入院予定だった大学病院へ向かう事になった。
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夜間外来で助産師さんに妻を預けて義母と待合室で待つ。
この時も正直なところ「いやちょっと待ってくれ」と思っていた。この日に備えて着実に心構えをしてきた妻に比べてなんと甘ったれたメンタルなんだと自分を恥じていた。
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1時間ほどして助産師さんと当直のドクターが妻を連れて出てきた。
ドクターから「子宮口が開いてきています、このまま入院となります」と告げらる。どんなに早くても産まれるのは朝方になるので一度帰って仮眠をとったらどうかと言われ一旦帰宅する事になった。
助産師さんに連れられて自動ドアの向こうに消えていく妻の後ろ姿を見て、もう会えなくなるんじゃないかと胸がいっぱいになってしまった。
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タクシーで帰宅したが眠れる訳もなくとりあえず横になり漫然と朝を待った。
5時ごろ再び病院に向かうと薄暗い陣痛室に通され、ベッドに横たわる妻と再会した。私がいない間に陣痛はかなり強くなっていたが意外と落ち着いた顔をしている。「陣痛を和らげる呼吸法をマスターした」との事。痛みに抗うのではなく呼吸を整えて身を委ね、身体が子宮口を開くための邪魔をしないようにしているという。かといって楽なわけはなく、脂汗をかきながら必死に呼吸を乱さないように集中している。私は呼吸が乱れないようメトロノームのようにガイドとなる呼吸を横で発する事しか出来なかった。ディフューザーから出るアロマの香りを今でも覚えている。
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朝9時となり麻酔科のドクターが出勤してきたため腰椎に麻酔を投与してもらう。だいぶ痛みが和らいだが腰の一点だけ激痛が取れないと妻が呻いている。あまり麻酔を効かせすぎると息むタイミングが分からなくなってしまうのでこれ以上追加出来ないという。
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11時ごろ子宮口がほぼ全開になっているが胎児の顎の向きが悪く下り切っていない、あまり長引くようだと帝王切開もあり得ると告げられる。以前から妻と帝王切開は避けたいと話していたため二人で不安な気持ちでいると、12時ごろ急に助産師さんに分娩室に移動しますと連れて行かれる。
私も立ち会いのため入室しゴム手袋などを装着しながら「え、産まれるの?」と流されるままとなっていた。助産師さんに促され分娩台で息む妻の背中を横から支える。やはり出てこないとの事で会陰切開と吸引処置をすると告げられる。陣痛開始から16時間を経過して、妻の体力はもう限界を超えていた。何でもいいからとにかく早く母子ともに無事に産まれてきてほしいと祈っていたところ、私の位置から頭が出てくるのが見えた。しかしそれ以上なかなか出てこない。助産師さんとドクターが懸命に頭を引っ張っている。
12時58分、全身が出てくると同時にしっかりと産声が聞こえた。
娘が産まれて妻が母となり私は父となった。
いや妻は産まれるずっと前からもう母親だった。そして私がこの世でいちばん尊敬する人物になった。
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妻に「よく頑張った。お疲れ様、ありがとう」と伝えたが声にならなかった。