「過去の書き換え」ー不幸が幸福になりました🍀
家事は苦手
家事は苦手です。あまり好きじゃないど、子どもが産まれて、料理上手の夫が亡くなって、いよいよ差し迫るものがありました。けど知識も技術も持ち合わせていません。どちらかというとお金儲けの方が得意だったかもしれません。
40代学び直しの時間
初めて図書館の家庭の本コーナーに行きました。家事の本を借りて、読みながら、実践。お化粧もこんなふうにするのだ、洋服の選びは、家計の管理方法は・・・知らないことばかりでした。
どうやら人が生きていく上で必要な知識が、乏し過ぎたようです。家庭科苦手だというレベルじゃない、これはヤバい!生きていくスキルが必要だ!!
料理、洗濯、掃除、裁縫と身近な課題が多いので必死に学びました。ついでにお化粧、スタイル、美容・・・やっと自分自身へも関心が向いてきたようです。
恥ずかしながら40過ぎての学び直し1年生でした。
本だけでなく料理が得意な友だちや、DIYが得意な友だち、お裁縫が得意な友だちが、親切に教えてくれました。そのときに皆がいいました。
「よく今まで、子どもを育てていたね!」そうなんです。
でも適当に、いい加減ですが、どうにかなってきました。
次のステップ
断捨離もして、部屋が居心地良く落ち着いてきました。家事も一通り出来るようになりました。すると次はいかにして手を抜くか、楽ができるか、動きを少なく効率的に家事をこなすかが課題になりました。
狭いベランダに、どうやって洗濯物を干すかはパズルゲームです。家計管理もゲーム感覚。予算がないなら、ポイントやクーポン券を利用して賢く買い物をします。食費・雑費を抑えて、私の小遣いが残るように工夫します。でも交友関係では、ケチりません。なんだか楽しくなってきました。
これこそが私の生活のあり方ができていきました。すなわちライフスタイルの確立でした。
そして私は
世の中はコロナ禍、値上げと厳しい状況が続いています。いかにして生きていくかは、ある意味、現代のサバイバルゲームです。
私の場合、堅実な生活のその先に、息子との旅が待っているのです。そうです。旅費を貯めているのです。だから毎日を楽しみながら、少しずつ目標に近づいていくのです。
生活すること自体が、面白いと思えるようになりました。すると自分の健康や食生活などにを気にするようになりました。
ずっと走り続けてきた私が、この面白さの発見や自分を気遣えるようになったことは、想像もしていなかった変化でした。
生きていく上で必要な知識なのに、なぜこの大切さに気が付かなかったのでしょうか。
それはひとえに「時間」が無かったからでしょう。
立ち止まる「時間」
がむしゃらに目標に向かって走っていける情熱と体力があった20代は、カップラーメンで飢えを凌いで、連続夜勤をこなして、学校に通っていました。
その延長線で、結婚、育児、仕事との両立がありました。どう考えてもこんな生活を40代、50代と続けていくことは難しかったでしょう。
幾分、強制的に家に入ってきた経過はあります。確かに仕事ををはじめ失うものもたくさんありました。その反面、立ち止まり考える「時間」を得ることができました。
言い換えればこれは、神さまが私に与えてくれた機会(チャンス)だったのだと思います。
過去の書き換え
かつては無職、ひとり親家庭、息子は知的障害者・・・なんて不幸な私なのかと嘆いていた過去でした。
ところが時を経て、数々の不幸と思っていた出来事が、膨大な時間を過ごしているうちに、実は幸運な出来事だったのだと考えるようになりました。
私自身の生き方が変化したのでした。
不幸な過去だと思っていたことが幸運であり、こうしている自分の運の良さを、心から喜び感謝できるようになったのです。
つまり自分次第で、私の過去が、不幸から幸福へと書き換えられたのであります。
死ぬために生きる
いまも嫌なことは忘れてしまうし、過去を書き換えながら「いま」を生きています。
そして私は「ああ面白かった!」と死ぬその時まで、機嫌よく生きていきたいと思うのです。
もしかして人間は死ぬために生きているのかしら・・・この件については、まだよく分からないので、これからも考えて行こうと思います。
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