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神社アトラクション!女性必須「白國神社(白国神社)」絶世の美女コノハナ後拝所は18禁【姫路】【播州シリーズ】【播磨シリーズ】

広峯神社とセットですね。ちなみに、明治中期まで白国氏が神官として75代続いた由緒ある神社であるそうな。白國神社の700m東南の白国2丁目に佐伯神社が鎮座。祭神は阿良津命(阿曾武命の子)でこちらも行くべきですね。

変更履歴
2022/12/19 初版

▼HP

▼アクセス

兵庫県姫路市白国5丁目15−1

▼祭神

木花開耶姫命(コノハナサクヤヒメ。神吾田津日売命)
稲背入彦命(イナセイリヒコ)・・・・・景行天皇の皇子
阿曽武命(アソタケル)・・・・・・・・稲背入彦命の孫

阿曾武命
『式内社調査報告』によれば、応神天皇が巡幸した際に、三韓征伐における阿曾武命の軍功を賞し、「新羅国国主大明神」の神号を与え、この神社を「日の宮」とも称したという。

 ということで、「新羅」「韓国(からくに)」とかの名称がつくと、すぐに帰化とか大陸の人!と言いたがる人がいますが、そうでもないのかもね。もちろん、大陸文化の戦いで日本に逃げて帰化した人もいるだろうけど。

▼見どころ

 播磨国造の祖である景行天皇の皇子・稲背入命が、大和からここへ下向し統治した。阿曽武命の妻・高富媛が難産で苦しまれたので、阿曽武命は神吾田津日売命(以降、コノハナサクヤヒメ)を祀ったところ、「私がコノハナサクヤヒメである。今汝が救済を祈る気持ちはよく天に通じている。私は永くこの地に留まって婦人を守護し安産させよう」とお告げになり丁重に祀ったところ難なく男子を出産されたとか。

 では参拝です!駐車場横からすぐに拝殿・本殿に行けますが、表参道から入ります。

 門をくぐると!?

 なんか久しぶりに手水舎が運用されている。神社はケガレを嫌うので、コロナ禍でも、運用すべきだと思います。

→池鯉鮒神社

 ここにオオクニヌシの妻・三穂津姫が祀られています。なぜに・・・

美保神社と出雲大神宮の祭神で出雲系ですね。

→拝殿・本殿、撫で戌

 拝殿・本殿です。何か釣られそうな看板がありますが、まずは参拝します。


 この後に、近所の方が参拝しに来ましたが「なんか新しいのができている~」と言っていました。いろいろ参拝を増やそうと努力されているようですね。

本殿だが千木が外削ぎで、鰹木が奇数なので、男神のような気がする。現在では、コノハナサクヤヒメだが、もしかして、稲背入彦命が主祭神なのかも。明治中期まで白国氏が神官として75代続いた由緒ある神社であるそうなので。かつ、白国って、滋賀の三井寺にある新羅神社の住所が白国ですね。。なんか繋がっているのではないか?と疑ってしまう。。

→山森稲荷社、白国八幡社

→山神

 山森稲荷社、白国八幡社奥に進む。

帰り道でもよいかも・・。祠ですね。

元の道に戻りまして、本殿背後に回ります。

→本殿裏の拝所

 古社=本殿裏に行く!これ本当です!神様に一番近い場所です。

なるほど。隠しているんだか。。妻は察している・・。

 山の神、子宝・子授かりといえば。。。やっぱし・・・・。女人禁制は男尊女卑と言われるかもしれないが、山の神は女性で嫉妬するんですよね。だから男性のみだったはず。

気に入った方は、以下もどうぞ!

▼おまけ:ヨウツベ


▼おまけ:三井寺「新羅神社」考察

(略)姫路市の北に白国(しらくに) (新羅国)という町があり、そこには「白国(しらくに)(新羅国)神社」がある。更に北の廣峯山には新羅大明神を祀る「廣峯(ひろみね)神社」がある。廣峯山から北は神崎郡や飾磨郡夢前町である。現在、新羅神社という文字を使っていないが、かつては新羅という文字が使われていた集落と神社が存在する町である。白国という名称は、古代に新羅系の渡来人が住み、新羅訓(しらくに)村といわれてきたことによるものである。白国は姫路駅の北方にある。白国にある神社はいずれも渡来の新羅の人々が「新羅の神」を祀ったといわれている。白国に向かう。JR姫路駅から「神姫バス」マリア病院方面行がでている。途中「姫路城」や「お夏清十郎比翼塚」などを眺めながら北へ向かう。十分程で「白国南口」というバス停に着く。バス停で降り周囲を眺めると、北側は山裾になっており、「広峰山・増位山・白国の文化財巡りハイキングコース」の入口となっている。コースは八・三km程の距離である。この地方は「播磨国風土記」に登場する飾麿郡の 「新良訓(しらくに)」(白国)であり、枚野(ひらの)(平野)の里でもある。古代から新羅系渡来人に係る伝承が多い。直木孝次郎「古代王権と播磨」には「飾麿郡の白国神社というのは「シラギ神社」ということであり、「白国村」というのは文字通り新羅の人たちが集まってできた村でしょう」と説明されている。白国郷土史愛好会編(白国自治会)「ふるさと白国」という本の中に「神話による白国の起こり」という項がある。そこには「私達の故里(ふるさと)である白国の起源は遠く大和時代前期に遡る…景行(けいこう)天皇の皇子日本武尊が…同じ天皇の皇子・稲背入彦(いなせいりひこ)命が勅命を受けて、この針間(はりま)(播磨)地方を治めるために下向して来られたとき、先ずこの白国のあたりに住居を構えられたのが当集落のはじまりである。命はここを根拠として田畑を拓き水利をはかって、よく治世の実をあげられたので一名を針間別(はりまわけ)(別とは長官という意味)ともいった。この命が私達白国住民の先祖である…」と書かれている。この説明と「播磨風土記」の文章を読み合わせてみると、「景行天皇や皇子は新羅系の人々であった」ということになる。「ふるさと白国」には「播磨風土記」についての説明もある。なお、七一三年に編纂された播磨国風土記の牧野里(ひらののさと)の条に「新羅訓村(しらくにむら)あり曰く、新羅訓と号えるゆえんのものは昔新羅の国人来朝の時この村に宿せり。故に新羅訓と号す。山また同じ」。

http://www.shiga-miidera.or.jp/serialization/shinra/162.html

▼旅行記

▼セットで行くところ



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