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『木になった亜沙』今村夏子:感想文:眼球の裏

今村夏子さんの名前は何度か見かけていて、しっかりと目を疲労させる鮮やかな黄色の表紙に惹かれて購入してみたら、すごく面白かった。

『木になった亜沙』『的になった七未』『ある夜の思い出』の短編3作と、ボーナスエッセイが3作掲載されている文庫版。

自分にとって初めての今村作品。今村ワールドって言われてる、不思議な文章が特徴というイメージ。

結末は詳らかにしないけれど、ほんの少しネタバレあります。


『木になった亜沙』

 主人公の亜沙は、手渡したものを誰も食べてくれない、という摩訶不思議な経験の数々が、呪いとして祈りとして。ついに死んだ亜沙は杉の木に転生して、割り箸としてある運命の出会いをする。

 こんな、あらすじから既に異常な風景を想像させられる物語だけれど、頭の中にイメージがすらすら侵入してくるから面白い。

なんと感想すればいいのか分からない。でも、読後感はどこか清々しいというか、自分も抱えていた対人関係の悩みや苦しみを、教室で配布されたどうでもいいプリントを気の向くままになんとなく何度も折りたたむように、印字された文字が見えなくなるまで、くしゃくしゃにしてしまう。

そんなプリントを、ぼんやりとした夢の中のマッチでじっくり燃やしたような清涼感があった。だから、なにこれ?という率直な感想と、どこか胸の奥の方で何かが消化された感覚がある。

焚き火を見ながら、むかし嫌だった記憶や感情を、そっと思い出しては消していく脳内作業みたいだなと思った。


『的になった七未』

 幼稚園でのどんぐりの投げ合い、ドッチボール、水風船。子どもの頃から何かを投げられる的になりがちな主人公・七未(なみ)は、そのたび一度も当たらずに逃げ切ってしまう。いつしか当たらないことに違和や焦燥を感じる七未は、「当てられること」に執着してしまう。その呪いは、晴れるのか。

 木になった亜沙が「食べてくれること」に執着したように、七未も「当てられること」に執着をしている。この2作品には主人公にだけに見える、聞こえる(多くの)存在が、物語を連れ出してくれるという共通点もある。

これは、『木になった亜沙』と同じ構造なのかな、と思いながら読み進めていると、物語は二転三転して、落ちるべくして落ちていくその過程と、登るべくして登っていくその過程を、七未の斜め後ろからずっと眺めているような気持ちだった。

そしたら突然、後ろを振り向いた七未に、持っていた本を投げつけられる体験をした。後ろから見ていた自分が悪いんだけど、すこし痛かった。

ラストシーンは、どう捉えればいいのか分からなかった。でも、一服するだけの清涼感はちゃんとあった。七未の願いは叶ったのか、そもそも願いは未だあったのか分からない。でも、分からないことが気にならない。そこで物語が終わったことに何故か安堵を覚えてた。おもしろかった。


『ある夜の思い出』

 10数年間、畳の敷かれた自部屋で腹這いになってダラダラと生活していた主人公は、ある日、同居していた父と言い争いになって、そのまま家の外へ飛び出す。腹這いのまま街を行く主人公は、点、点と落ちているポップコーンを拾い食べながら這いずり進み、商店街の揚げ物屋のゴミ置き場で同じく腹這いの中年・ジャックと出逢い、お母さんと、のぼる君に飼育されて、結婚することになる。その日の夜、父に結婚の報告に向かうべく、飼育された家を飛び出すと、ゴミ収集車に轢かれて重傷を負う。それから10年が経ち、家庭をもった主人公は、ふわりと、あの夜のことを思い出す。

 こんなわけの分からない、あらすじを書くとは思ってもなかった。なんなら全部ネタバレしてるのに、ネタバレしてる感じがない。要点を抑えたはずなのに全然まとまってない。なんでだろう。

とにかく面白かった。冒険譚のようで近所へのお出かけでもあるし、夢のようで現実でもある。風邪などで高熱のときに特殊性癖のR18同人誌を枕の下に挟んで寝たときに見る夢みたい。


全体の感想

 3作の短編はそれぞれ共通して現実ではない。かといって夢でもない、幻惑のような物語だった。眼球の裏の映像を見てるような。奇妙だけど、現実的で、心の奥の方に響いてきた。安易に、不思議世界と言ってしまいたくなるけど、現実よりも現実らしい、そんな迫力があった。今村夏子さんの作品は初めてだったけど、ぐっと引き込まれた。

 読んでいて頭が痛くなるとか、胸が痛くなるとは違う、なんか、自分の身体の存在しない部分が痛くなった。

存在しない部分というのは、例えば、あの日のトラウマや嫌な気持ち、忘れてしまった記憶、もしくは見過ごしてきたもの、のような知覚できないものだと思う。でも確かに身体の中をあったものだからファントムペインのように痛むのかなと思った。

物語が自分の内側に入ってきて、墓暴きの要領で勝手に拾い集めて、お前にもあるんだな、と薄ら笑いを浮かべて見せつけてくる。

亜沙と七未が抱えた呪いに、無意識に、自分たちのそれを重ねてしまう。

今村夏子さんの『木になった亜沙』文庫版。今年読んだ中で一番衝撃的で、原始的な感情を起こさせる本だった。他の今村作品も読んでみたい。

おすすめの本。

この本は実際に読んでみないと絶対に分からない感覚の気持ち良さがあるから、是非読んでみてほしい。



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